ヴァンパイア・ゴーレム
(16)

「部長! アンダーソン部長!」
ノックもそこそこに、スミスは思い切り、部屋のドアを押し開けた。
「ああ、お前さんか。そろそろ来る頃だと思っていた」
ゆったりとした革張りのイスに座った上司は、書類を脇に置き、のんびりと二人を見上げた。

「部長、俺のことは出さないでくれと言ったはずですよ、それを!」
「誤解するな。あの映像を、すべて放送局に提供すると決定したのは、社長だ。
まあ、社員があれほどの偉業を成し遂げたのだと分かれば、自社の株も上がるだろう、最高の宣伝材料だと提言したのは、私だがな」

「やっぱり部長の差し金じゃないですか! 
キャップがマスメディアに追いかけ回されるのが嫌いなこと、部長だってご存知のはずでしょう!」
叫ぶクルーを、スミス船長は押し留めた。
「もういい、テッド」
「だってキャップ……」

「こうなったからには仕方がない。
しばらくは、ヒマなTV局の連中に付き合ってやるさ」
スミスは諦めたように言い、それから、きれいに刈り込まれたひげをなでつけている上司に向き直った。
「しかし、なぜ、こんなことをする必要があったのか、その理由だけでも聞かせてもらえませんかね、部長」

部下の問いに、アンダーソンはにんまりとした。
「お前さんに、“N.B.連邦大統領”になってもらおうと思ってな」
「えええっ!? N.B.連邦の大統領っ!?」
「そんな大声を出さんでも聞こえているぞ、テッド航宙士」
「けど、冗談がキツ過ぎますよ、部長……」
落ち着き払って自分達を眺めている上司に、テッドは恨めしげな視線を送った。

「本気にするな、テッド。部長はいつもこう言って、俺をからかうんだ」
「私は本気だぞ。
今のN.B.は腐りかけている。このままではいつ何時、母星の二の舞になるか分からん。
こういうときこそ、お前さんのように強力なカリスマ性を持った統率者が必要なんだ」

上司の言葉に、スミスはうんざりした表情になる。
「……まぁたその話ですか。俺にはそんな気はないと、何度も断っているはずですが。
大体、連邦大統領は、個人が立候補したところで就任できるものじゃない。
まず、推薦人を百万単位で集めた上、連邦議会三千六百五十一人全員の賛成がなければ……」

「だからこそ、今まで表に出て来なかった、お前さんが成し遂げてきたことの数々を、今回取り上げるようにTV局の友人に働きかけたのさ。
すごい反響で、問い合わせが殺到していると、友人がうれしい悲鳴を上げていたぞ。
たった一つの地方TV局の番組だったが、宣伝効果は絶大だ。
社長の思惑と私のとは、まったく別のところにあるが、な。
今に、連邦のあらゆるTVが、お前さんの偉業をこぞって放映することになるだろうさ。
そうすれば、あと、ほんの少しの後押しで……」

スミスはため息をつき、首を振った。
「耳を貸すな、テッド。部長のいつもの妄想だ。そんなにうまくいくはずがない」
「何を言うか、スミス。お前さんはスミス提督の……」
「いい加減にして下さいよ、部長。
俺はもう行きます。船の最終チェックをしなくては」
「待て、スミス、……」

言いかける上司を捨て置いて、彼は部屋を後にする。
「キャップ……」
「まったく部長にも困ったものだ。最近は俺の顔を見るたび、あの話なんだからな」
歩み寄るテッドに、彼はこぼした。
「でも、キャップなら、とてもいい大統領になれるんじゃないかな、って、俺も思ったりなんかして」

「何だと?」
スミスは部下を睨みつけた。
「お前まで、何を言い出すんだ」
「だって、このまんまじゃN.B.も、母星とおんなじような運命をたどりそうじゃないですか、マジで。
ここにゃゴーレムはいないけど、国家間の紛争は徐々に拡大してるし。
誰か、ちゃんとしたリーダーがいなきゃ……」

「だったら、お前がなればいい。俺は、連邦も戦争も興味はないからな。
船で気ままに宇宙を旅できれば、それで俺は満足だ」
「欲がないなあ、キャップは。
大体、俺なんかじゃ到底、なれっこないですよ、誰も推薦なんかしてやくれませんから」
「だったら、つべこべ言うな。
さて、船の点検に行くぞ。TV局がいくら騒ごうと、宇宙に出てしまえばこっちのものだ」
「はい、キャップ!」
クルーは船長の後に従う。

一方、独り部屋に残ったアンダーソンは、一冊の本を前に、つぶやいていた。
「『船で気ままに宇宙を旅できれば、それで俺は満足』、か。
知っているか、スミス。それは、スミス提督の口癖でもあったと、この伝記に書いてあるぞ。
あのゴーレム……オラムとか言ったな、そいつもお前さんの中に素質を見出したんだ。
だからこそ、これを渡した」
男の手の中で、きらりと光るもの。
それはスミス達が持ち帰った、オラムのペンダントだった。

「これには母星の古代語で、こう刻まれてあるのだ。『偉大なる王者の中の王者、その証』、とな。
どうして“N.B.連邦大統領”が、推薦人を百万単位で集めた上、連邦議会の議員全員の賛成が
なければ就任できないなどと、馬鹿げた決まりがあるか知っているか?
提督以外に、そんなことができる人がいなかったからさ。
“N.B.連邦大統領”は、彼一人だけのための称号だったのだ。
スミス、私がお前を選んだんじゃない、N.B.が、お前を選んだ……いや、待っていたのさ。
スミス提督、あんたが帰ってくるのを」
そう言うと、部長は棚からとっておきのワインを取り出し、グラスに注いだ。

「そうだろう? ゴーレムの王、オラム。
これはあんたから、人間の王への贈り物……。
あんたは過去の恩讐(おんしゅう)を越えて、スミスを統率者として認めたんだ」
グラスをペンダントに軽く当てると、ちん、と澄んだ音がした。
「──新しい人類の未来に、乾杯!」
そしてアンダーソンは持ち上げたグラスを、満足げに干したのだった。

THE END.