ヴァンパイア・ゴーレム
(15)
三週間後、
「何なんだ、この報告書は。誰が小説を書けと言った」
それまで読みふけっていた分厚い報告書の束を机に放り出し、スミスの上司、アンダーソンは言い、椅子ごと彼に向き直った。
その眉間には、深いしわが刻まれている。
「お言葉を返すようですが、部長。そこに書いたのは、神かけて本当のことですよ。
その証拠に、これを持ってみて下さい。母星から持ってきた物です。一緒に提出したいと思いまして」
スミスは、胸ポケットから細長い箱を取り出した。
うやうやしく蓋を開ける。中には、黄金よりも美しく輝く、紅い金属でできた装飾品が入っていた。
切れた鎖は無論、すでにつないである。
「ふん、ペンダントのようだが、これがどうしたと……うわっ!?」
無造作にそれを手に取ったアンダーソンは、次の瞬間、ばっと立ち上がっていた。
数分間、微動だにせず立ち尽くし、それから我に返ると、呆然とスミスに視線を送る。
スミスとテッドがオラムに見せられたとほぼ同じものを、彼も見ていたのだ。
「ご覧頂けましたか。このペンダントは、一種の記憶装置なんです。
俺達が独立した後、母星はその装置やゴーレムなど……何というか、一種、メカニカルな部分では格段に進歩を遂げたようですが。
ともかく、オラムはこれを我々にくれると言いました。
どの時点からかは不明ですが、彼は、俺達が母星からN.B.へ植民して行った人類だと気づいたんですね。
だから、同じ過ちを犯さないようにというメッセージと共に、俺達に託したんでしょう。
他の人達にもこれを見せたかったんですね、きっと」
アンダーソンはゆっくりと首を左右に振った。
「ううむ……実際に見ていなければ、到底信じられん話だが、こうして証拠もあることだしな……。
分かった、社長や重役連中には私から報告しておく。
ま、がめつい社長のことだ、宇宙局にはこのペンダントのことは伏せておき、後でTV局にでも横流しして、たんまり稼ぐかもしれんがな」
スミスは肩をすくめた。
「構いませんよ、どうせ宇宙局に提出したところで、奴らがちゃんと公開するとはとても思えませんし。
検査を名目に局内をたらい回しにしたあげく、人心を害するとか何とか
その間に、母星のデータ同様、“謎の消失”が起こりかねません。
そうなる前に、脳波映像化装置にかけた映像を報道機関で流してもらった方が、人々の眼に触れる機会も多くなり、オラムも喜ぶんじゃないでしょうか」
部長は唇を歪めた。
「ふ、バカとハサミは使いよう、か?」
「部長。俺はそんなこと、思っちゃいませんよ」
スミスが睨む真似をすると、アンダーソンは咳払いをした。
「……ゴホン、いや、冗談だ。
何にせよ、社長は会社の名を売りたがっている。こういう機会には飛びつくさ」
「俺の名前は出さないでくれって言っといて下さいよ、そんなことをしてもゴシップ好きな連中が喜ぶだけで、会社の利益には結びつかないとね。
それに、TV局の連中に追いかけ回されるのは御免ですから」
「分かっている」
部長はうなずき、それから言った。
「しかし、さすがだな、スミス。
かつてN.B.へ人類を導いた、偉大な
「よして下さいよ、いくら先祖がすごくても、俺には関係ありません。
それに、二千年も経てば、子孫だって千人を軽く越えてるでしょう、俺はその中の一人に過ぎないんですから」
卓越した男の
「その謙虚さ、行動力、冷静さ。
どれをとってもスミス提督の名に恥じないさ、お前さんは。
お前の爪の
絶賛する上司の言葉にも、スミスはまたも肩をすくめてみせて、答える手間を省いた。
数週間後。
ようやく大規模なトルレンス号の整備と改装が終了し、久しぶりの長期休暇を終えたスミスが、最終チェックのため出社したときのことだった。
「キ、キャップ! よかった、やっと会えた!
た、大変なんですよ!」
ドックに向かう途中、テッドが蒼白な顔で駆け寄ってきて、彼は面食らった。
「一体どうした? 血相を変えて」
「どうもこうもありませんよ、これ見てください!」
部下が差し出したのは、
「おとといの深夜番組なんですけどね、これってやばいんじゃ……」
「深夜番組?」
「と、とにかく見てくださいよ」
クルーがスイッチを入れると、スミスの眼は、小さな四角い画面に釘付けとなった。
そこに映し出されていたのは、宇宙服を着ている彼自身と、テッド。
おまけに画面の下方には、彼のフルネームまでがしっかりと記載されている。
「これは、会社に提出したビデオの映像、そのものじゃないか、しかも俺の名前入りで」
「ええ、こんな調子で、俺達がN.B.を出発し、母星を探索して帰るまでの一部始終が放送されたんです。
早送りしますよ」
テッドが右向きの三角ボタンを押すと、画面の動きは速さを増す。
「えっと、ここです、キャップ」
「むっ!」
画面が止まり、スミスの表情はさらに険しくなった。
彼らがオラムの棺を発見した時点で画面が切り替わり、続けて、彼らが持ち帰ったあの記憶装置を解析した映像が、挿入されていた。
それが終わると、再び映像はオラムの横たわる棺の部屋へと戻り、彼らの遺体が分解して消滅するところまでが、そっくりそのまま放映されていたのだった。
しかも、その後は、ごていねいに彼のプロフィール、スミス提督の末裔であることや、今までに成し遂げて来たことの数々が次から次へと流されていく。
「くそ、俺のことは出すなと言ったのに、
そうか、部長だな!」
「あ、待ってください、キャップ! 俺も!」
スミスはテッドが追いつくのも待たず、部長室に急いだ。