ヴァンパイア・ゴーレム
(14)

唐突に、それまでの光景はすべてかき消え、スミス達は、いきなり目覚めさせられた人のように、 呆然と眼を(しばた)いていた。
二人は、地下都市の床に座り込んでいたのだ。
「あ、あれ? 今のは? 夢……?」
「そうじゃないさ、テッド」
スミスは立ち上がり、ゴーレムの棺を覗いた。
「オラム、アージェと言ったな。あの娘とは……」

言いかけた彼をさえぎるように、ゴーレムの思念が聞こえて来た。
“彼女は今、私の隣に眠っている”
「えっ、隣?」
急いでスミスが、床に転がっていた投光器を掲げると、少し離れたところにもう一つガラスの棺があり、銀髪の少女の亡骸(なきがら)が安置されていた。

“あの後だが。私はすぐには死ななかった。
シェムが無傷だったということもあったが、あんなことがあっては、死んでも死に切れなかったのだ。
私は傷ついた体を引きずり、ゴーレム達を引き連れて、たった一つ残った人間の都市、つまり“ここ”に攻め入った。
その頃、この星に残留していたのは、十七になったばかりの少女を戦士に仕立て、おのれらの身代わりをさせるような、卑劣で臆病(おくびょう)な連中だけだったから、殺戮(さつりく)も容易だった。
そして、すべての人間を殺し終えたとき、私にも死が迫っていた。
残る力を振り絞って彼女をここに葬り、私も……”

「……はぁ。何て言うか、壮絶だな……」 
テッドは打ちのめされたように言い、しばしの間、深い沈黙が地下の空間を支配した。

その重苦しい静けさを破ったのはゴーレムだった。
“お前達に頼みがあるのだが”
「ああ、俺達にできることだったらやってやるよ。
いいですよね、キャップ」
「そうだな」
“簡単なことだ。私が身に付けているペンダントを、彼女に渡して欲しいのだ。
顔の横に付いている紅いボタンを押せば、棺が開く”

「それはいいけど、あんたの恋人だったんだな、彼女?」
テッドの問いかけに、ゴーレムは一瞬逡巡(しゅんじゅん)し、それから同意した。
“そう呼んでもいいだろうな。
少なくとも私は、他の何を失っても、アージェを失いたくないと思っていた”
「そっか、辛かったな。けど、どうやって知り合ったんだい?」

“彼女の両親はゴーレムに同情的で、逃げる途中ケガを負った私をかくまってくれた。
少数だが、中にはそんな人間もいたのだ。
しかしこの星の政府は、人々を扇動して、ゴーレム狩りを奨励(しょうれい)した。
密告が横行し、しまいに人間達は、我らに同情する者をも片っ端から狩るようになった。
三人を守るために、私は泣く泣く彼女と別れ、彼らの元を離れたのだ。
だが、その結果が……”

「薬か何かで洗脳されたのだな、おそらく」
船長がぽつりと言い、テッドは眼を見張った。
「せ、洗脳!?」 
「そうだ。十中八九、ゴーレム管理局とかいう連中の仕業だろう。
オラムとアージェの関係を知って、彼の動揺を誘い、人間を勝利に導くために。
最期の時は、ひどい傷を負ったお陰で、彼女は正気に戻ることができたのだろう、気の毒にな」

「──畜生(ちくしょう)っ!」  
そう叫んだのは、オラムではなく、テッドだった。
「なんて卑怯な奴らなんだ、くそったれ!」
「同感だな、勝つためには手段を選ばず、とは言うが」

一呼吸のち、ゴーレムは彼を促した。
“スミス、ペンダントを”
「あ、ああ、そうだったな、すまん。今……」
急ぎスミスは紅いボタンを押し、棺を開いた。

真の意味で生きていたと言っていいのか分からない、人の手で創り出された生命体……ゴーレム。
それが自分の意志を持ち、あげく子孫を作れるようにまでなったという。
永遠の眠りについているその姿は、神々しくさえあった。
スミスは手を伸ばし、慎重に男の首に触れる。
「おや」
遥かな時を超えても光を失わずにいた金属の鎖は、彼が触れるとあっけなく切れた。

隣の棺に歩み寄り、オープンボタンを押す。
こちらも、安らかな死に顔だった。
たった今まで生きていたかのようにみずみずしい、胸の上で組み合わされた少女の華奢な手に、そっと
ペンダントを滑り込ませる。

と、その刹那だった。爆発するかのような音が背後で起こったのは。
「わっ!?」
「な、何だ!?」
慌てて振り返ったスミス達は見た。
つい今し方まで、オラムが眠りについていたガラスの棺の中には、何もなかった。
ゴーレムの遺体は一瞬で分解し、(ちり)と なって消え去っていたのだ。

「しまった! 
二千年も密封されていたのを、いきなり外気に触れさせたから……!」
「え、そ、そうなんですか? 
うわっ!?」
再び爆発音が響き、急ぎ二人が少女の棺に視線を戻すと、その遺体もまた、ペンダントを残して消失していた。
“ありがとう、スミス。これで思い残すことはない。
それはお前達にやろう。同じ過ちを繰り返すな……”
彼らの心に、かすかな思念が届き、その後は二度と、ゴーレムが語りかけてくることはなかった。