ヴァンパイア・ゴーレム
(12)

ようやく吸血鬼(ヴァンパイア)の正体が人造人間(ゴーレム)と判明し、公安局とゴーレム管理局の保安要員達が、完全武装で老人の(やかた)に乗り込んで行こうとしていた。
しかし、時すでに遅く、大量に創り出されていた人造人間達に(はば)まれて、老人を捕えることはおろか、敷地内に足を踏み入れることさえままならない。
吸血鬼の群れの中で、人間達はみるみる冷たい(むくろ)と化して行くのだった。

そして邸内(ていない)では、外の喧噪(けんそう)も知らぬ老人が、最終の仕上げにかかっていた。
職人の最後にして最大の傑作に、命が吹き込まれつつあったのだ。
床に描かれた星型図形の中には、今度は金髪の美女が眠っていた。
「ヒュウ、すっげえ美人」
テッドは思わず口笛を鳴らす。

「彼女の名はマリア。我らの中で、唯一“受胎(じゅたい)”ができるゴーレムだった」
「え……? 受胎、ってなんでしたっけ、キャップ」
「赤ん坊を産めるゴーレム。それがあの女性、というわけか」
「ええっ、あ、赤ん坊!? ゴーレムが赤ん坊を産む……そんなバカな!?」
テッドは薄茶の眼を大きく見開き、スミスも半信半疑でオラムに尋ねた。
「しかし、そんなことが本当に可能だったのか? 我々の常識では到底考えられないが」

「ここはお前達の星ではない。宇宙は広い。お前たちの常識が、すべての星で通用するわけもなかろう?」
ゴーレムは静かに、そう答えた。
「そ、それはそうだが」
スミス達が驚きの眼を見張る中、老人はみずから喉をかき切り、おのれの血のすべてを美女に注ぎ込んだ。
目覚めたマリアは、“ゴーレムの母”と呼ばれ、次々受胎してはヴァンパイアを増やしていく。
単性生殖(たんせいせいしょく)か。働き蜂を産む女王蜂のようだな」
スミスはつぶやいた。

「こうして、人間対我らの、本格的な戦争が始まったのだ。
初めは、圧倒的に我々が有利だった。
ゴーレムは、シェムが削り取られない限り死ぬことはないからな。
しかし、人間共が機械によって肉体を強化するようになると、事態は膠着(こうちゃく)状態に(おちい)った。
その頃になると、我らも人間もかなり数を減らしていた。
そこで、決着をつけるべく、マリアは持てる力のすべてをただ一人の子供に注ぎ込み、死んだ。
……それが私だ」

その声と共に、世界が反転した。
舞い上がる砂塵(さじん)の中に、スミスとテッドは立っていた。
「こ、今度はどこだ!?」
テッドは額に手をかざし、辺りを見回した。
スミスも同様に片手で影を作り、(まぶ)しさに慣れようと眼を細めた。
「地上に出たのだな」
「あ、見てください、キャップ。オラムがあんなところに」

テッドが差す指の先で、ゴーレムは純白の鎧に身を包み、大剣を手に遠くを見つめて、何かを待ち構えているように見える。
「何やってるんだろ? あそこに行ってみましょうか」
「いや、やめた方がいい。俺達がいてもいいなら、最初から一緒にいるはずだからな」
「あ、たしかに」
そこで彼らがしばらく待っていると、オラムが注視し続ける荒れ果てた地平線の彼方(かなた)に、ぽつんと、黒い染みのようなものが現れた。

「なんだろ、あれ……」
再び額に手を当て、テッドは背伸びをした。
徐々に近づいてくるのは、西洋式の甲冑(かっちゅう)に身を固め、乗っている機械馬からマントに至るまで全身黒ずくめの、不吉な騎手の姿だった。

「あれが人間の戦士なのだろう、この状況から考えると。
今から、この星の未来を賭けた人間対ゴーレムの一騎打ちが始まる……おそらく、な」
「えっ、あ~んなひょろひょろっとしたのが、人間の戦士なんですか、キャップ!?
まったく、もっとムキムキ、マッチョなヤツを出せばいいのに!」

二人が話している間にも、黒い戦士は確実に馬を進め、ついにはオラムが待ち受ける場所に到着して、ひらりと馬から降りた。
テッドの言う通り、人間の闘士は決して大柄ではなく、たくましいゴーレムの前では弱々しくさえ感じられる、どちらかと言うと華奢(きゃしゃ)体躯(たいく)の持ち主だった。

「闘う前に、名を聞いておこうか、人間よ。
我が名はオラム。最後にして最強の、ゴーレムの戦士だ」
しかし、それに対する答えはなく、黒衣の騎士は間髪入れずに抜刀すると、オラム目がけて斬りかかって来た。

「ゴーレムごときに名乗る名はない、と言うわけか!」
彼は敵の剣をなぎ払い、辺りに剣戟(けんげき)の音が響き渡る。
その瞬間、乾いた風が荒野に吹き渡り、白々と夜が明けた。

機械で強化された人間と、人によって創られ、その血により自我に目覚めた人造人間(ゴーレム)
はためく漆黒と純白のマント。
互いの命運を()した最強の戦士の闘いが、今、開始されたのだ。

幾度も切り結び、刃こぼれしてゆく剣。
鋭い攻撃を防ぐうち、鎧は切り刻まれてちぎれた金属片と成り果て、しまいに取って捨てられる。
激しい動きに黒騎士の兜から髪がこぼれ落ち、銀の蛇めいて、のたうつ。
刃は互いの血を求め合い、無数の傷は容赦なく体力と敏捷性(びんしょうせい)を奪って、互いの動きを鈍くしてゆく。

そうやって命がけで闘ううちに、陽は徐々に傾き、やがては地上を血のように(あけ)に染め、闇が訪れた。
不吉な未来を暗示するかのごとく、巨大な紅い月が二つ昇る。
それを背景とした二人の戦士の闘いは、未来永劫(えいごう)続いていくようにも思えたのだったが。

「──はっ!」
鋭い気合いと共に、兜が袈裟懸(けさが)けされて真っ二つとなり、ついに人間の戦士はひざをついた。
チャンスと見て、ゴーレムの戦士は剣を振りかざす。
だが、次の瞬間、オラムの口から、驚愕した叫びがほとばしっていた。
「──アージェ!」
小柄だったのも道理、兜の下から現れたのは女の顔……それも、まだ幼さが残る少女の顔だったのだ。