ヴァンパイア・ゴーレム
(11)

次の瞬間、彼らは再び屋敷に戻っていた。
オラムの言った通り、セネクス老人の(もと)には新しいゴーレムの注文が殺到していた。
初めは渋っていた彼も、ある時を境にそれに応じるようになる。
注文は雪だるま式に増えてゆき、しまいには数千人規模の部隊同士を戦わせるという大規模な戦闘計画が立案されたため、老人は日々、身を削るようにして人造人間(ゴーレム)を創り続けていった。

そして、その数が五百体を超えた頃からだろうか、老人の屋敷や闘技場、模擬戦場の周辺で、奇妙な病が流行り始めた。
眠っている間に体中の血がなくなって死に至る、原因不明の奇病……それは一見すると、吸血鬼の仕業(しわざ)のようにも思えた。

だが、夜な夜な生き血を求めて彷徨(さまよ)い歩く幽鬼の存在など、科学万能の社会においては、真剣に語る者がいたとしたら正気を疑われるだけである。
そこで、人間達は新種の奇病の病原体を分離してワクチンを作ろうと躍起になるばかりで、手遅れになるまで真相に到ることはなかった。

しかし、徐々に伝説の中でしか語られることのなかった恐怖が、現実のものとなっていく。
老人のゴーレムが千体を越えた頃から、何者かが公然と人間達を襲い始めたのだ。
ここまで来ても、人々はこの猟奇(りょうき)的な事件の犯人が、人造人間達だとは考えずにいた。
人間達は自警団を組織し、公安局も見回りを強化したが、ゴーレム達は夜目が()き、しかも運動能力にも優れていたため、人間に比べ遥かに有利だった。

闇の(とばり)の中、悲鳴が響き渡り、朝になると干からびた死体があちこちに転がっているといった情景が、日常茶飯事(さはんじ)となっていき、人々は不安を(つの)らせた。
夜陰(やいん)に紛れて人々を襲い、血を奪う。
それはまさしく、古代から伝わる悪夢の具現化(ぐげんか)された姿、“吸血鬼(ヴァンパイア)”そのものだった。

「な、なんてこった!」
「そうか、あの血は人間のもの。人の血で少女は動いていたのだな」
大声を上げるテッドに対し、スミスはあくまでも冷静だった。
「その通り。我らは人間の血によって自我に目覚め、人間と同等の存在になったのだ。
血吸い人形、“ヴァンパイア・ゴーレム”、人間達はそう言って我らを恐れたが」

「き、吸血鬼……だったのか、あんたも?」
身震いを抑えきれないまま、テッドは、かたわらのゴーレムに眼をやった。
「そうだ。私も数多(あまた)の人間を殺し、その血を吸い尽くした。
だが、それも元々は、人間達が(たわむ)れに戦いを、我らを創り出した、そのせいではないのか?」
「う……」
澄んだ緑の瞳に真っ向から見つめられ、人間の青年は言葉に詰まる。

「しかしだ、いくら孫そっくりに創ったゴーレムを取り上げられ、あげくあんな形で殺された……からと言って、やり過ぎではないのか、あの老人の行為は。
それに、人間を襲ってその血を使ったりすれば、やがては人間とゴーレム間に対立が起きることくらい、分かるはずだろう」

スミスが言うと、ゴーレムは、輝かしい黄金の頭を振った。
「いいや、造物主も当初は、恐れ多くもご自分の血を我らに練り込んでいただけで、他人の血を使うことはお考えになってはおられなかった。
しかし、お孫様が亡くなられた本当の理由を知ったときから、造物主はお考えを改められたのだ」

「本当の理由、とは何だ?」
「それは……ゴーレムが意思を持ち始めた頃、シェムを刻み込まれて間もないあるゴーレムが、脱走したことから始まるのだが。
ああ、これも映像で送ろう。その方が、より理解が深まるだろう」
オラムが言った途端、スミスとテッドは、またも新たなる過去の記憶の中に送り込まれていた。

そのゴーレムは逃げていた。
ジュンヌと呼ばれた、セネクス老人の孫娘のゴーレムと同じように。
無論、姿形は、あの少女にはまったく似ていない。
これはジュンヌが作られる以前のゴーレムであり、闘技場で闘わせるためにと、屈強の戦士として生まれて来ていた。
その身体能のお陰で、管理局の追跡を楽々とかわし、逃げおおせることも可能と思われた、そのとき。

「くそおっ!」
頭に血の昇った管理局員の撃ったレーザーガンが、エアチューブを打ち抜き、たまたま通りかかったエアバスに命中したのだ。
激しい爆発、轟音と悲鳴が辺りに響き渡る。
空中へと投げ出された乗客が、ばらばらと落ちていく。
「あ……」
ゴーレムは、おのれの逃亡により引き起こされた惨事にたじろぎ、思わず動きを止めた。

「助けて!」
頭上から悲鳴が聞こえた。見ると、乗客が一人、エアチューブの端にしがみついていた。
地上までは、ゆうに百五十メートルはある。落ちれば命はない。
とっさにゴーレムは、様々な建物や乗り物を足がかりに、その客めがけて登り始めていた。

事故に驚き、野次馬が集まってくる。
彼らが見守る中、ゴーレムはついにエアチューブにたどり着き、今にも落下しそうだった少女を助けた。
人々が歓声を上げ、拍手した、そのとき。
一発の銃弾がゴーレムの体を貫いた。
それは、運悪くシェムを破壊して人造人間の動きを止め、少女は悲鳴と共に落下し、地面にたたきつけられた。
血とゴーレムの破片が周囲に飛び散り、見物人は衝撃を受けた。

「だっ、誰だよ、今撃ったのは。せっかくあの子、助かるところだったのに!」
テッドは周囲を見回した。
「あいつだ」
胸に公安局のバッジをつけた男を、スミスは指差す。
男は、唇に薄笑いを浮かべながら銃をホルスターに戻していた。
「あ、こいつか! なんでこんなことを……!」

「目撃者が大勢いたにもかかわらず、管理局はこの事実を隠蔽(いんぺい)し、単なる事故として処理しようとした。
前々から同様の脱走が相次いでおり、“目覚めた”ゴーレムには、いくばくかの権利を与えるべきではないかと、論争が起きていたところだったからな。
管理局は、おのれに不利になる事実の公表を良しとしなかったのだろう」
「だからって、あれじゃ、女の子も一緒に殺したようなもんだろ! こんなことが本当にあったのかよ!」
テッドは悔しそうに言った。

「ああ、誓って真実だとも。セネクス様が、ゴーレムを人間と同等の存在にしようとお考えになられたのは、その頃、自由意思を持つ者達が、自然発生的に我らの中に現れ始めていたからなのだ。
造物主はそれに手を貸して下さった、ただそれだけのことだ。
──見ろ」
オラムは指差した。