ヴァンパイア・ゴーレム
(10)

視点が移動する感覚があり、次に三人は、壮大な石造りの建物の中にいた。
「ここが闘技場だ」
オラムが重々しく告げる。
「……むう。こんなところでゴーレムを殺し合わせて楽しんだのか、野蛮な」
スミスは眉をひそめ、オラムは、そんな船長の横顔を見つめた。
「お前は、本当にそう思っているのか?」

「ああ。たしかに同士討ちよりはマシかもしれないが、こんなことで楽しめると言うこと自体、俺にはどうにも理解できないな」
「お前は変わっているな」
「……それはどういう意味だ?」
スミスが訊き返した刹那(せつな)、場内に、盛大なファンファーレが鳴り響いた。

「あ、見てください、キャップ! あのコが出てきましたよ!」
巨大な扉がきしみながら開き、後ろから突き飛ばされたゴーレムの少女が、闘技場の中央へと転がるように出てきた。
待ち構えていた観客達から、歓声が上がる。
少女は輝く軽量の(よろい)を身にまとい、細身の剣も手にしてはいるが、明らかに使い慣れてはおらず、しかも足は小刻みに震え、立っているのもやっとに見える。

「可哀想に……。あれじゃ、子供とだって闘えっこないぞ。
そう思いませんか、キャップ」
「そうだな」
スミスの眉間(みけん)のしわは、さらに深くなっていた。

直後、再びファンファーレが鳴り、向かいの扉から、重々しい鎧姿の大男が歩み出てきた。
男は、そのまま大股で闘技場の中央に進み出ると、四方に向かい、(かぶと)を片手に礼をする。
周囲からまたも拍手と歓呼の声が巻き起こった。
こちらのゴーレムも、なかなかていねいに創られており、動きも滑らかだったものの、眼に生気はない。
まさしく操り人形といった印象を、スミスは受けた。

やがて三度目のファンファーレが鳴り渡り、湧き上がる大歓声と共に、闘いは開始された。
整った顔立ちのゴーレムは即座に兜をかぶると、手馴れた様子で段平(だんびら)(=幅の広い刀)を抜き放ち、勢いよく振り回し始めた。

「逃げろ!」
思わずテッドは叫んでいた。
言われずとも、戦闘用とは思えないゴーレムの少女に戦士の剣を受け止める(すべ)などあるわけもなく、ぎらつく凶刃(きょうじん)を避け、身をかわし続けることしかできない。

怯えた小ウサギさながらに、少女はひたすら逃げ惑う。
大剣を振りかざし、甲冑(かっちゅう)の戦士はそんな獲物を執拗(しつよう)に追う。
疲れを知らぬ人造人間同士の、命を賭けた鬼ごっこが延々続き、観衆の興奮は(いや)が上にも高まっていく。

「危ない!」
テッドが叫ぶ。
数十分後、足がもつれて少女のゴーレムは転倒し、すかさず鎧の男が段平を振り上げたのだ。
「きゃああああっ!」
鋭い(やいば)がついに少女を捉え、華奢(きゃしゃ)な肩にざっくりと食い込んだと見るや、すさまじい勢いで血がしぶいた。

「──血!?」
「どうしてゴーレムが血を!?」
テッドだけでなく、スミスまで、自分でも気づかぬうちに声を上げていた。
驚愕(きょうがく)していたのは、闘技場を埋め尽くす大観衆も同様だった。
「おじいちゃん……痛い、痛いよ、助けて、おじいちゃん……助けて……」
異様な静けさの中、少女は血があふれ出る傷口を押さえ、決してやっては来ない、助けを求め続ける。

そんな少女を、何の感情もこもらない眼差しで見下ろしていた男のゴーレムは、彼女の髪を手荒くつかんで引きずり倒し、そして次の瞬間、頭部に剣を突き立てていた。
「ぎゃっ!」

「わっ、何てことを!」
再びテッドが叫ぶ。
「もう勝負は付いているというのに!」
スミスもつい声が荒くなっていた。

「痛い、痛いよ──!」
少女は頭を抱えて転げ回り、かわいい顔もきれいな金髪も、見る見る血にまみれていく。
「ココデハナイ……」
男は無表情にそう言い、暴れる少女を押さえつけると、今度は、わずかに隆起を始めている胸に剣を食い込ませた。
「ぎゃあああ!」
またもおびただしい出血があり、同時に、開口部から素焼きの心臓が顔を覗かせ、刻み込まれたシェムが光り輝く。

「ココカ」
「いや──っ!」
少女の抵抗も意に介さず、ゴーレム剣士は慣れた仕草で剣を振り上げた。
「わあっ、やめろ!」
「くそ、何てことを!」
テッドとスミスはとっさに観客席から飛び降り、彼女を助けようと走り出していた。
間に合ったところで、彼らに触れることさえできないということは、頭では分かっていたのだが。

ついに心臓を打ち砕かれ、動かなくなった少女。
その眼から一筋、透明な液体が流れ出て、胸にぽっかり開いた穴から流出した液体と混じり合い、地面に赤黒い水溜まりを作っていく。
直後、勝者が剣を高々と差し上げて勝どきを上げると、息を詰めて経緯を見守っていた大観衆の口から、一斉にため息が漏れ、それはやがて大きなどよめきへと、取って代わられていった。

「キ、キャップ……」
「ああ、まったく、どう言えばいいのだろうな」
スミスとテッドは荒い息のまま競技場の中央に立ち尽くし、蒼白な顔を見合わせていた。

「愚かな人間共」
いつの間にかそばまで来ていたオラムの、深い沼の色を湛えた瞳は冷ややかで、口調は吐き捨てるよう
だった。
「オラム。ホントにこんなことがあったのか?」
テッドは尋ねた。

「最初に言ったろう、お前達がどう思おうと、真実だ。
これが、おのれらの息の根を止めることになろうとは思いもしなかったのだろう。
奴らは、この新しい刺激に飛びついたのだ、人間のように血を流すゴーレムという」
「と、飛びついたぁ!? こんな残酷なことに?」
かすれ声でつぶやき、テッドは頭を振った。

「それでは、あの老人は、こういうゴーレムを創り続けたのか。
こんな(むご)いことが続くと分かっていて?」
船長の言葉にオラムはうなずいたが、その表情は、先ほどとは打って変わって悲痛だった。
「ああ、そうだ。
だがそれは、深遠なお考えがあってのことだったのだ。造物主セネクス様の……」