ヴァンパイア・ゴーレム
(9)

「うへぇ、なんか、学校の実験室みたいな……」
「いや、昔、映画か何かで見た、魔女の部屋のようでもあるぞ」

その部屋はたしかに、魔術と化学が混在した様相(ようそう)(てい)していた。
薬草らしきものが片隅に山積みになっているかと思えば、(かご)に入れられた鶏が羽ばたきながら時を告げ、机の上には、色とりどりの液体が入ったビーカーやフラスコが所狭しと置かれ、湯気や煙を吹き出したり、泡立ったりしている。
暖炉には大きな鉄鍋がかけられて、得体のしれないものがぐつぐつと煮られていた。
圧巻なのは、広い部屋を取り巻く壁一面に、びっしりと並べられた本、本、本……。

その中央、いくつもの燭台に丸く囲まれた星型の図形の中で、先ほどの老人が忙しげに働いている。
近寄ってみると、揺らめく光に浮かび上がる魔法陣の中に、10歳くらいの愛らしい少女が一人、横たわっていた。
眠っているようにも見える彼女の胸には、ぽかりと、大きな穴が口を開いている。

「へええー、あのかわいい子が、ゴーレムなんだ」
テッドは眼を丸くした。
スミスも感心したようにうなずく。
「人間そっくりだな、いや、それ以上だ。芸術的でさえある」
「ホントですね、キャップ」

「素晴らしい腕前だろう、我らの造物主は」
オラムは誇らしげに言った。
「さて、これからが本番だぞ。彼女を目覚めさせるのだ。魂を吹き込むとも言うが」
「ふ~ん。どうやるんだよ?」
「見ていれば分かる」

二人が息を詰めて見つめる中、老人は、そばに置いてあった古びた(つぼ)を取り上げ、(ふた)を開ける。
中から現れたのは、握り拳ほどの大きさをした(かたまり)だった。
「何だ、あれ? ま、まさか、人間の心臓!?」
「いや、よく見ろ、テッド。あれは作り物だぞ」
「本当だ。あー、びっくりした」
胸をなでおろすテッドの前で、老人は素焼きの心臓を捧げ持ち、唱える。

「──エメト!」
すると心臓が(まばゆ)く光り輝き、文字が刻み込まれた──“emeth(エメト)”……“真理”と。
彼はそれを、うやうやしくゴーレムの胸に納めた。
たちまち穴はふさがって、少女はぱっちりと青い眼を開くと起き上がり、人なつっこく微笑みかけてくる。
「おじいちゃん」
「おおお、ジュンヌ!」
老人は、涙を流して彼女を抱きしめた。

「かつてはこのように、所有者が秘文字(シェム)をどこかに刻み、命を吹き込んでいたのだ。
動かないようにするには、最初の “ e ”を削り、“ meth(メス)”──“死”に書き換えればよかった。
また、所有者が死ぬと、自動的にゴーレムも死んだ……。
無論、独立した種族となってからは、もはやそういうことはなくなったが。
我らは、ドレイのような身分からはすでに脱却しているからな」

「はー、なんか魔法みたいだな」
テッドは頭をかいた。
「いや、魔法などではない。
“シェム”を媒体とし、所有者の“念”……つまり精神の力で動かすのだから、これは立派な科学だ。
この星の人間は、長年に渡り精神感応力を研究し、強化もしてきたのだ」
「なるほど。超心理学を極めたと言うわけだな」
スミスはうなずき、テッドは好奇心に駆られて尋ねた。
「でも、どうやって、独立した種族になることができたんだ?」

「それも造物主のお力だ。
この少女と、もう一体、造物主が最後にお創りになられたゴーレムは、それまでの常識を完全に(くつがえ)す者だったのだから!」
そう話すオラムの深緑の瞳は、どこか暗く揺蕩(たゆた)っていた。

たしかに、その少女のゴーレムは作り物とは思えないほど生き生きとして、笑い、泣き、その上、驚いたことに日々成長さえして行ったのだった。
老人も心の底から楽しげで、何歳も若返ったようにも見えた。
しかし、その幸福な時間もそう長くは続かなかった。
数年後のある朝、いかめしい制服姿の男達が、どやどやと老人の屋敷に乗り込んできたのだ。

「何だよ、こいつら」
テッドが首をかしげると、オラムが答えた。
「ゴーレム管理局の連中だ。この星の法律では、動き出したゴーレムは、模擬(もぎ)戦場もしくは闘技場にて必ず戦わせることと決められているからな」
「え、じゃあ、あのコは……」
「そうだ。連れて行かれ、否応(いやおう)なく戦わされる」

「だ、だって、まだ子供じゃないか、なのに!」
いきり立つテッドに、オラムは軽く肩をすくめて見せた。
「何をそんなに向きになる?
奴らにとってゴーレムは“物”だ、それが単に少女の形状をしているに過ぎない。
それに、子供が殺されるのを見るのが好きな連中もいるからな」

「何だって!?」
「いやあっ!」
その時、テッドと少女の叫びが交錯(こうさく)した。
管理局の局員達が、令状らしきものを老人に突きつけ、ゴーレムを連れ出そうと腕をつかんだのだ。

「逃げなさい、ジュンヌ!」
老人が局員の腕を振り払い、叫ぶ。
「おじいちゃん!」
怯える少女を、老人は必死にかばい、逃がそうとする。
「ワシはいいから、お逃げ! 早く!」

自分達を包囲する幾人もの男達に向けて、老人が手当たり次第に投げつけるビーカーやフラスコが、床で粉々に砕け散り、蹴倒された拍子に扉が開いて鳥籠から飛び出した鶏が、けたたましい鳴き声を上げて逃げ惑う。

「きゃあっ!」
その隙にドアへ向かおうとした少女の髪を男の一人が捕らえ、彼女は再び悲鳴を上げた。
「孫に何をする、放せ!」
老人はもみ合う二人に駆け寄ると、ところ構わず男の体をホウキで殴りつける。
「痛、や、やめて下さいっ!」
たまらず局員は少女を放した。

「セネクス様、いい加減に……うわあっ!」
羽毛が散乱する中、老人は、しなびた体のどこにそんな力を隠していたのかと驚くような怪力を発揮して、暖炉にかかっていた巨大鍋を持ち上げた。
「あぶ、危ない、セネクス様、落ち着いて下さい!
たかがゴーレムじゃないですか!」
局員が泡を食ったように叫ぶ。

「この娘はゴーレムなどではない、ワシの孫じゃ!」
老人はそう叫び返し、高々と差し上げた煮え立つ鍋を、侵入者目がけて投げつけた。
「うわあっ!」
「避けろ!」
「あ、熱いっ!」

「ジュンヌ、今のうちにお逃げ!」
「はい、おじいちゃん!」
飛び散る熱湯、もうもうと上がる湯気。
混乱の中で局員の数名が火傷を負い、その間に少女は屋敷を脱出した。

だが、抵抗もそこまでだった。
「仕方がない、麻酔弾用意。
──撃て!」
老人は眠らされ、懸命に逃げていたゴーレムの少女も探し出されて、ついに連れ去られてしまった。

「ジュンヌ……!」
翌日、嵐に襲われたような惨状の中、目覚めた老人は、火傷を負った手で顔を(おお)い、再び悲嘆にくれた。

「ひどいな」
「くそっ!」
過去に起こったこととは言え、スミスは顔をしかめ、テッドは床を蹴る。
オラムはそんな彼らの仕草を、またもや不可解な眼差しで見つめていた。