ヴァンパイア・ゴーレム
(8)

「私が見えるか」
「お、お前は!?」
スミスが意識を取り戻したとき、目の前に、さっきまでガラスの棺に横たわっていた男が立っていた。
(あい)色のローブに身を包み、若く見えるものの、深い色を(たた)えた瞳がその印象を裏切っている。

「あ、こ、ここはどこだ!?」
彼の横でテッドも正気づき、飛び起きた。
「私の名はオラム。ここは私の心の中だ」
こともなげに、男は言ってのける。
「!? 心の中だって!?」
テッドは叫び、周りを見回した。

二人は、さっきまでいたのとはまるで違う場所にいた。
天井からはいくつもシャンデリアが下がり、壁には金の額縁に入れられた大きな絵画が飾られて、左右にある広い窓の両脇には、裾に金の房がついたカーテンが、細やかな細工で編まれた紐でまとめられている。
かつては(きら)びやかな大広間だったのだろうが、今はそのすべてが古色蒼然(こしょくそうぜん)とし、くすんで見えた。
その中央、作り付けの大きな暖炉を背に、髪に太陽の輝きを宿した男は、値踏みするように彼らを見つめていた。

「あ、あれ? 俺、なんで宇宙服(スペーススーツ)着てないんだよ!?」
そのときテッドが、自分の体を触りながら大声を上げた。
「む……? なぜ息ができるんだ?」
スミスも面食らっていた。
母星とは言え、人間が呼吸できるほどの酸素は今はないこの惑星で、宇宙服は必要不可欠なはずだった。
それがいつの間にか消えてしまって、彼らはN.B.での普段着姿になっていた。

「ここはイメージの世界。いくらでも望む服装になることができるのだ、分かるだろう?」
男は深緑色の瞳で(さと)すように言ったが、テッドはうろたえ、船長を振り返った。
「イメージの世界? 何言ってるんだろ、こいつ。
一体、何がどうなってるんですか、キャップ」
「落ち着け、テッド。少し静かにしていてくれ、確かめたいことがある」
「はあ」

額に手を当てて眼をつぶり、しばしスミスは、心を研ぎ澄ませてみた。
何が起ころうと、まず冷静であれ。
それが彼の信条であり、実際、心を落ち着けることで、必ず道は開けてきたのだった。
また、彼は以前、こうした交感も体験したことがあった。 
彼は深く息をつくと、眼を開けた。
「……この感じは、やはりテレパシーか。イメージを直接、我々の脳に送ってきているのだな」

謎の男は眉を上げた。
「この星が、なぜこうなったか知りたがったのは、お前の方だろう?」
「いや、すまん。我々は、こういう意思の伝達方法には、それほど慣れてはいないんだ」
「そうだったか。だが口で話すより、この方が短時間で、より明確に伝わるのだがな」
「たしかにそうだろうな。
構わない、続けてくれ。ああ、自己紹介がまだだったな。
俺はフォルティス・ナーハフォルガー・スミス、こっちはテッド・ラクトンだ」

「フォルティス・ナーハフォルガー……スミス?」
金髪の男は不思議そうに反芻(はんすう)する。
「……? 俺の名前がどうかしたのか?」
聞き返すと、男は首を横に振った。
「いや、何でもない。私も改めて名乗ろう。オラム・ドゥクスだ。
この星では“ゴーレム”と呼ばれる種族になる。
話す前に一つ聞きたい。お前達は、どんな用でこの星に来たのだ?」

「俺達は、母星……」
「待て、それは俺から話そう」
言いかけた新米クルーをさえぎり、スミスはすばやく目配せをして見せる。
相手の正体も判明しないうちに本当のことを明かすと、何か不都合が生じるかも知れない、彼はそう案じたのだ。

「………?」
眼を白黒させるテッドをしりめに、スミスは話し始めた。
「実は、母星に帰還する途中で宇宙船のエンジンが不調になり、この星に緊急着陸したのだ。
部品を調達できないかと方々探しているうち、地下への階段を見つけたので、降りてきてみたのだよ」
ここでテッドは、ようやく船長の意図(いと)を理解し、うなずいた。

しばし底の見えない眼差しで、そんな二人の様子を観察していたオラムは、口を開いた。
「それでは今からお前達に、私の記憶の中にある、この星の歴史を見せよう。
多少不愉快な思いをすることもあるかもしれないが、夢……あるいは単なる映像だと思えばいい。
しかしこれは、すべて現実に起こったことなのだ。私は嘘はつかない。つく必要もないからな」

その言葉が終わるか終わらぬうちに、後方のドアが音を立てて開き、()り切れたローブを着た白髪の男が、よろめくように入ってきた。
「わ……?」
テッドは思わず声を上げ飛びのいたが、相手は気づいた様子はなく、そのまま杖にすがり、おぼつかない足取りで暖炉(だんろ)の前に置かれた椅子に、頭を抱えて力なく座り込んだ。

そのまま微動だにせずにいた老人は、数分後、意を決したように涙に濡れたしわ深い顔を上げ、別の部屋へと続く扉を開けて、姿を消した。

「一体どうしたんだろ、あのじいさん。やけにしょげてたな」
テッドのつぶやきに、オラムが答えた。
「かのご老人は、たった一人の血縁であるお孫様を、事故で亡くされた。
そこで代わりに、彼女そっくりの人形……つまり“ゴーレム”を作ろうと思い立たれた、今がちょうどその瞬間だったのだ」

「えっ、ちょっと待てよ。あんた、さっき、“種族だ”とか言ってたんじゃ?」
「当初、我らは人間に創り出されたのだ。
それが一つの独立した種族となったいきさつは、これから話すところだったのだがな」
「あ、ああ、悪い、続けてくれよ」
テッドは慌てて続きを促した。

「まずは我らの起源を話そう。
かつて、この星を支配していた“人間”と呼ばれる種族は、実に戦争好きだった。
ささいなことで争い、血で血を洗う(いくさ)が惑星上で頻発(ひんぱつ)した。
数世紀ほど前、ようやく奴らもみずからの愚かさに気づき、人間同士の戦争は終結の時を迎えることとなったのだが、その後も闘争本能は抑え難かった。
そこで戦闘用人形(ゴーレム)を創り、模擬(もぎ)戦場などで戦わせ、楽しむことにした。
あのご老人は、惑星内でも一、二を争うゴーレム作りの名人……つまり、我らの造物主であらせられるのだ」

「ふ……ふ~ん。
なんかよく分からないけど、ともかくあのじいさんはつまり、あんたらにとっては神サマってわけなんだ?」
またもテッドが口をはさんだ。
「テッド、それでは話が進まないぞ」
「あ、すいません、つい……」
船長にたしなめられ、彼は頭をかく。
「邪魔ついでだ、察するにあんた達は、戦わされるのが嫌で反乱を起こしたのではないのかな」
スミスも尋ねてみた。

「そう結論を急ぐな。ものには順序がある」
オラムは穏やかに二人をさえぎり、ドアを指差す。
「まずはゴーレムを創るところを見せよう、そこだ」
「行ってみましょう、キャップ」
「そうだな」
三人は、老人が消えた扉に向かった。