ヴァンパイア・ゴーレム
(7)

それから、半時間ほどが経った頃だった。
「お、これは」
「わ、何だよ、このドア?」
油断なく気を配りながら、階段周りを探っていた二人は、息を呑んだ。
今まで戦いの跡も生々しく、破壊された部分ばかりを見てきた彼らの視界に、巨大な純白の扉が姿を現したのだ。
すぐさま二人は、扉とその周辺の入念な調査に取り掛かかる。

「どうですか、キャップ。俺には、まっさらの新品みたいに見えるんですが」
スミスは首を振った。
「まさか。だが新品とまでは行かなくとも、これは戦いが終わった後、作られたもののようだな。
見ろ、隣接する壁は(すす)け、破壊されているのに、この扉は無傷だし、まったく汚れてもいない」

「じゃ、じゃあ、戦争を生き延びた人間がいたってことですよね!?」
飛び立つようなテッドの勢いに、スミスの顔に苦笑が浮かぶ。
「人間とは限らないぞ、ヤツら……“(から)人形”とでも呼ぶか、あいつらかもしれない」
「どっちでもいいですよ、さっそく中を調べてみましょう!」

ドアに取り付こうとするクルーを、船長は抑えた。
「ちょっと待て。その前に、班長達に事の次第を連絡しておこう。
──各班長に告ぐ、こちらはスミス船長だ。階段を北に半時間ほど行ったところで不審な扉を発見。
これからテッドと共に、内部の調査に当たる」

班長達の了解の返事を耳にしながら、スミスはクルーに示した。
「どうやらこれが取っ手らしいな。開くかどうか分からないが、とりあえずやってみよう。
テッド、そっちを頼む」
「はい」
彼らは扉にある二つのくぼみ、それぞれに手をかけた。

「行くぞ、せーの!」
「せいやっ!」
力を込めて左右に引く。
扉はきしるような音を立て、数センチ動いたものの、どうやってもそれ以上は開かない。
「むう、手動でこれ以上は無理だな」
「じゃあ壊しましょう、キャップ! どっか~んと!」
テッドがそう口に出すと、船長はあきれ返った顔をした。

「何を言ってるんだ、テッド。この奥に、先祖の貴重な遺産があるかも知れないんだぞ。
扉を破壊して中身も壊れたりしたらどうする気だ。
それに、不用意に衝撃を加えたりしたら、二千年も前の都市だ、どんな影響が出るか。
下手をすれば、天井全部が一斉に崩落する危険もあるぞ。
まったく。よく考えてから物を言え」
「す、すみません……」
新米クルーは頭を下げた。

「まあいい。ここから何か見えないか」
スミスは隙間に投光器を当ててみたが、隙間が狭すぎて内部の様子は(うかが)えない。
「駄目だ、分からんな。いや、待てよ、こいつが……」
振り返った彼の視線の先には、二人の後を静かについて来ていた銀色の姿があった。

「着陸船の第四班、こちらは船長だ。聞こえるか」
「はい、キャップ。こちら第四班」
「俺の現在位置が分かるな? 地下階段を降り切ったところから、北へ一、五キロくらいのところだ」
「はい、確認しました」

「よし、そこに、予備の探査ロボットを一体寄越(よこ)してくれ。
さっきの通信の通り、不審な扉を見つけたのだが、人力では開かない。
偉大な祖先の遺産だ、なるべく傷つけずに中を確かめたい」
「了解。すぐにロボットを向かわせます、少々お待ち下さい」

「少し掛かりそうだな。一息入れながら待つことにしよう」
「はい、キャップ」
投光器を消し、二人はそれぞれ、手頃なガレキに腰を下ろした。
ヘルメットの灯りはあるものの、地下都市は相も変わらず真の闇と静寂だけに支配されており、落ちつかない様子で身じろぎしていたテッドはやがて、静けさに耐えられなくなったように口を開いた。

「そういや、キャップは男性だけじゃなく、女性にもモテるんでしょうね、うらやましいな。
俺なんか、定期船やめてこの会社に入るって言ったら、それまで付き合ってた女が何て言ったと思います?
『あっそう、じゃあお別れね』ですよ。男のロマンって奴を理解してないんですからね、まったく。
キャップには奥さんがいらっしゃるんですか?
……あ、すいません、俺一人でべらべらしゃべっちゃって……」

するとスミスは遠い眼をし、つぶやいた。
「俺にも、妻にと考えていた女性はいる……いや、いたと言うべきかな」
「え、どうしてその人と一緒にならなかったんですか?」
「死んだんだよ、彼女は。六年間、俺がウィキニア星の前線で戦っている間に。
俺がそばにいたら救えたはずだと思うと、それまでN.B.のためにと、躍起になって戦いに身を投じていたことが、馬鹿馬鹿しく思えてきてな。
好きな女一人救えずに、司令官などと思い上がっていたと」

「す、すみません! 俺、考えなしに余計なこと……」
テッドは青くなり、何度も頭を下げた。
「いいさ。気にするな。
その後すぐ停戦協定が結ばれたのを期に、俺も退役しようとしたんだが、散々引き止められてな。
色々説明するのも面倒で、現場から離れるのが嫌だからやめるということにしたら、それを真に受けた
クレイブ達が、俺について来てしまったんだ。
まあ、戦がなければ軍隊など無用の長物だ、それでよかったのかも知れんが」

「そうですか……」
すっかり恐縮した風の新米クルーに、スミスは微笑みかけた。
「そんなにかしこまらなくていいぞ、テッド。
お前はどこか、俺の若い時に似ている。新兵の頃は、俺もしゃべり散らして、上官の顰蹙(ひんしゅく)を買ったものさ。
『少しは黙っていられんのか』とかよく怒鳴られていたよ」
「へー、キャップにもそんな頃があったんですね」
テッドは眼を丸くした。

そのとき、着陸船から通信が入った。
「こちら第四班。お待たせしました、キャップ。もうすぐ着くはずです」
「分かった、ありがとう」
直後、モーター音が聞こえてきて、二人のかたわらに(たたず)んでいるものと同型のロボットが到着した。
「よし、着いた。これから作業にかかる」
「了解」

その後スミスとテッドはロボットを操作し、今度はどうやら、人一人がようやく通り抜けられるほどの広さに扉を開くことができた。
班長達に連絡を入れ、それから探査ロボットに先導させて、彼らは慎重に部屋の内部へ足を踏み入れた。

「がらんとしてますね、何もない」
「戦争中の待避所として使われていたのかもな、扉にバリアでも張って」
「な、なるほど……」
話しながら、投光器で室内をあちこち照らしていたときだった。

“お前達……何者だ……?”
かすかな、ため息にも似た声ともつかぬ声が、二人の心の中に滑り込んできたのだ。
テッドは飛び上がった。
「な、何だ!? キャップ、聞こえましたか、今の!」
「あ、ああ」

“私……の……眠りを妨げる者は……誰か……”
「ま、まただ! 何なんだ、この声! まさか、幽霊!?」
「落ち着け、テッド。そんなわけはない」
船長は、パニックを起こしかけているクルーをなだめ、声を張り上げた。

「誰だ、出て来い、どこにいる!」
“ここだ……私はここにいるぞ……”
不思議な声がまたもや頭の中で響き、さっと、スミスは声が聞こえてきたと思われる方向に明かりを向けた。
投光器の強烈な光に白々と照らし出されたのは、一つのガラスの(ひつぎ)だった。

「人間か?」
「例の人形じゃないですか?」
内部にはそのどちらとも取れる人影が見え、スミスとテッドは競い合うように駆け寄って、ケースに厚く堆積したほこりをのけた。

「おい、あんた、生きてるのか!? どうやったら、これを開けられるんだ!」
スミスがケースをたたくと、先ほどの声が答えた。
“ここにあるのは、かつて、『オラム』と呼ばれていた『もの』の残骸……”
「残骸って何だ、どういう意味だ!?」
テッドはわけが分からないという表情をした。

“昔、戦いに明け暮れ……結局は……敵と共に滅びた者と……いうことさ……”
「戦い、敵と共に滅びた?
それはどういう意味だ、ここで何があったんだ? 教えてくれ」
スミスは好奇心に駆られ、尋ねた。

すると不思議な声は、不審そうな響きを帯びた。
“なぜ、そんなことを、知りたいのだ……?”
「訪れた星で、高度な文明の遺跡を発見したとしたら、滅亡した理由を知りたいと思うのが自然だろう?
初めは核戦争が原因で滅びたのかとも思ったが、それにしては地表は荒れていない」

“好奇心、か。
二千年後の今日……お前達がここに来たのも何かの縁だ……いいだろう、教えてやろう……”
その声に、どこか奇異なものを感じて、スミスは叫んだ。
「気をつけろ、テッド!」
「え? うわっ!?」
二人は同時にすさまじい衝撃に襲われ、床に激しくたたきつけられて気を失った。