ヴァンパイア・ゴーレム
(6)

数分後、ドームの中央部で、かつては巨大だったであろう何者かの銅像──これもまた強い力によって砕かれ、原形を留めていない──の前に、クルー達は集合していた。

「ふむ、大分崩れているが、たしかに降下は可能だな」
銅像の基底部に、ぽっかりと開いた穴を調べていたスミス船長は、そうつぶやくと立ち上がった。
「さっそく降りましょう、キャップ!」
勢い込んで言うテッドに対し、彼は慎重だった。
「いや、まずは探査ロボットを下ろしてみてからだ。突然崩れたりしたら、生き埋めだぞ」
「あ、それもそうですね」

崩壊した基底部から覗く巨大な空洞に、ゆっくりと銀色のロボットが投入される。
宇宙服内部に投影される搭載カメラの映像に、自分が降りているような感覚を味わいながら、クルー達は息を詰めて成り行きを見守った。

──だが。
「……む?」
「あれ?」
「行き止まりのようだな」
いくらも降りないうちに、大規模な崩落により埋まってしまった階段が、カメラに映し出された。
「なんだよ、期待させといて!」
新米クルーの(なげ)きが、その場にいた全員の思いを代弁していた。

「通れそうなところはないか? よく探してみろ」
船長の命に、映像がくるりと回転、カメラは上下左右をくまなく探索する。
しかし、どこにもロボットが通り抜けられるような大きさの隙間はなかった。

「やはり全部崩れているな。仕方がない、今日はこれで……」
言いかけたスミスの眼が、映像に釘付けになる。
「ちょっと待て。何かあるぞ、カメラを戻せ。
……もう少し下。……そう、そこだ」
ガレキの下から、白いものが顔を覗かせていた。

「掘り出せるか? そっとだぞ」
「はい、キャップ」
隊員に操作されたロボットは、ガレキを慎重に取り除き、ゆっくりと白い物体をすくい上げた。
「よし、画像を拡大してみろ」
「はい」

「なんだ、これは。白い板? 何かの部品か?」
スミスは首をひねった。
「よく分かりませんね、これじゃ」
テッドも言った。
カメラを通して見ただけでは、土砂がこびりついた板状の物体が何なのか、判別するのは不可能だった。
「ともかく一旦回収して、詳しく調べよう。ロボットを戻せ」
「了解」

ロボットが返って来ると、スミスは板状のものをそっと手にとった。
身近でじっくり観察しても、やはりこの物体が何かは分からない。
そこで彼は道具箱から筆を取り出し、注意深く土砂の除去作業に取り掛かった。

隊員達が見守る中、行き詰まる時間が過ぎてゆく。
数分のち、スミス船長の苦労は報われた。

「何か出てきたぞ……絵か? いや、文字のようだ」
「えっ、文字!?」
「文字が!?」
「母星の文字かも!?」
口々に言いながら、クルー達がスミスめがけて殺到しそうになったとき、彼が怒鳴った。
「──全員その場で待機! 落としたりしたら、どうなると思う!」

乗員達は一瞬凍りつき、恥じ入ったような沈黙が辺りを(おお)った。
「今映像を送る、わざわざ来なくとも、はっきり見えるようにな。
そら、見えにくいが、俺達でも読むことができる。これはたしかに母星の文字だ」

「やったぞ、これが動かぬ証拠だ、ここが母星なんだ──!」
テッドが拳を天に突き上げて叫び、皆がそれに賛同して、歓声を上げた。

『N.B.暦1997年2月30日

ドーム内部で発見した地下への階段は、残念ながら完全に崩落しており、降下は断念せざるを得なかった。
すぐそばに昇降装置(エレベータ)も見つかったが、これが壊れていなかったとしても、電気系統が死んでいる状況下では、役に立たないことは明白だ。

しかし、大きな収穫もあった。案内板か何かの破片と思われるものを、発見できたのだ。
そこに書かれた文字は、年月と砂嵐のためひどく摩滅(まめつ)していたが、何とか母星の文字であることは確認できた。

緊急(エマージェンシー)”。
文字は、そう読めた。
やはり、この惑星が母星だったのだ。
クルー達は浮き立ち、大いに祝杯をあげた。

だが、いつまでも浮かれてばかりはいられない。任務を遂行しなければ。
明日は早朝から、崩落部分を開通させ、地下へ降りる予定となっている。
テッドを始め、皆、地下都市があるものと確信しているが、果たしてどうだろうか。
外宇宙の経験が浅い者ばかりのため、ある意味仕方がないが、何事にも思い込みは禁物だ。

「こ──これは!」
「なんてすごい巨大都市(メガロポリス)だ!」
「ついにやりましたね、キャップ!」
「ホントにすごいや! これが、俺達の先祖が作った地下都市なんだ!」
「そうだな、見事だ」

航海日誌には厳しい意見を書いた船長だったが、半日の悪戦苦闘の後、ようやく地下へ降下し、投光器の光に照らし出された壮大な建造物群を前にしたときには、クルー達と同じく驚嘆(きょうたん)の声を上げていた。

「これだけの都市なんだし、まだどこかに、生き残った人間がいるかも知れませんよね。
どうです?」
テッドの問いかけに、計器を凝視していたクルーが顔を上げ、首を振った。
「生命反応なし。残念だが、やはり生き残りはいないようだ」
「そっか……」
新米クルーは肩を落とす。

「これらすべてに()が入っているところは壮観だったろうが、今は、メガロポリスと言うより、死者の都市(ネクロポリス)と呼んだ方がいいようだな、テッド」
「ネクロポリス……たしかに」
テッドは周囲を見回した。
船長の言葉通り、彼らの使う投光器以外には灯り一つなく、すべてが深い闇に没して静まり返り、侵入者達の足音と声だけが、広大な空間に虚しく響き渡っているだけだった。

「あーあ、よく見りゃ、どこもかしも、目茶目茶に壊れてるなぁ。
やっぱり母星の人類は、戦争で滅んでたってわけか……」
テッドは悲しげに息をついた。
「気を落とすな、初めからわかっていたことだ」
(なぐさ)め顔で、スミスが彼の肩に手を置いたとき、ジェベル・クレイブが、あるものを指し示した。
「あ、ご覧下さい、キャップ。ここにもありますよ、例のものが」

投光器の眩い光の輪に照らし出されたのは、焼け焦げた床のそこかしこに散らばっている、壊れた人型だった。
一見すると人間と見紛う、アンドロイドの(むくろ)。スミスは、端正(たんせい)な顔をしかめた。
「ここにもか。外より多いくらいだが、こちらの方が派手に壊れている。
しかし一体、何なんだろうな、こいつらは」
船長は手近な残骸にかがみ込み、中を覗く。
想像した通り、内部は空洞だった。

「空っぽですね、やっぱり。
でも、こいつらが戦闘用だとしたら、細部までこれほど精巧に作る必要はないと思うんですがねぇ……?
顔の造作まで人間そっくりでしょう? これじゃまるで、等身大の着せ替え人形じゃないですか」
ジェベルは改めて頭をひねっていた。

「ううむ……奇妙だな、まったく。
母星では、ロボットの体内部品を有機物で作っていたのかも知れないが」
「うーむ、それではかえってメンテが面倒なのでは?」
「それもそうか。まあ、これからの調査で何か分かるだろう」
スミスは立ち上がった。

「どうやら、ここを基点として放射状に六本、回廊が伸びているようだな。
──よし、各班二手に分かれて、第二班は一番左とその隣り、第三班は左から三、四番目、第六班は右の二本の回廊を進んでみてくれ。
俺とテッドは、この階段を確保するため、ここに残る。危険だと感じたらすぐ引き返すこと、いいな。
全員、気を引き締めてかかれ!
──以上だ!」
「了解!」
全クルーが一斉に散開する。

「さあ、テッド、ぼやぼやするな。彼らを待っている間、俺達はこの階段の周りを当たるぞ」
船長は新米クルーを促した。
「はい、キャップ!」
待機しているだけかと落胆しかけていたテッドは、すぐさま元気を取り戻し、作業にかかる。