ヴァンパイア・ゴーレム
(4)

『N.B.暦1997年2月27日

あれから一週間が経つが、我々はいまだ、目星をつけた第13惑星への降下はできずにいる。
天候が急激に悪化し、やむなく着陸地点を変えようとしたのだが、嵐は予想外に勢力を増大させ、しまいには惑星全体にまで規模を拡大してしまったため、待機を余儀なくされたのだ。

超巨大砂嵐(グレートサンドストーム)とでも呼びたくなるようなこの嵐に飲み込まれたら、華奢(きゃしゃ)な造りの着陸船など、一たまりもない。
どうやら我々の母星(まだ確定してはいないが)は、“砂塵(さじん)の惑星”と化してしまっているようだ』

「キャップ、いつ降下するんですか?
けど、こんな大嵐が吹き荒れるなんて、聞いてないですよ。
……っていうか、前に探査船飛ばした時には、こんなもの、観測されなかったんでしょう?
どうして俺達が来た途端、こんなでっかいのにぶち当たるんだか……」
ぶつぶつテッドはこぼしたが、スミスは書きかけの航海日誌から眼を上げようともしなかった。

「あれは、たかだか数ヶ月間この星を観測しただけだからな。
今回は、たまたま時期が悪かったんだろう」
「だったら、手をこまねていないで、探査ロボットを下ろしてみませんか?」
食い下がられて、船長はようやくペンを置き、日誌を閉じた。

「前にも言ったろう、それは無理だ。
嵐自体の風速もすさまじいものだが、それ以上に危険なのが雷だ。
強風で砂がこすり合わされ、発生した静電気が雷雲を作り出し、その中で強力な放電が起きているんだ。
これを見てみろ」
スミスは、コックピット前方の大きなモニターを指差した。
彼の言葉通り、惑星全体を覆う勢いで巨大な黒い嵐が幾つも渦を巻き、その内部に青白く光る稲妻が、
何本も走っているのが見える。

「これは画面だから、さほど大きくは見えないが、実際はあの稲妻も巨大なものだ。
惑星規模で起きている、こんなものすごい風と雷に見舞われたら、ちっぽけな着陸船など、即、空中分解してしまうぞ。
それに、たとえこれらをかいくぐって何とか着陸に成功したとしても、一歩船外に出た途端、ロボットは稼動(かどう)部分、つまり手や足の関節に細かい砂が詰まって、あっという間にスクラップだ。
まあ、気長に待つことだな、テッド。
一旦外宇宙に出てしまえば、定期船のようにいつも時刻表通りというわけには行かないんだぞ、分かるだろう」
彼は噛んで含めるように、経験の浅い乗組員に説明してやる。

「……分かりましたよ、キャップ」
「そんなにがっかりするな」
肩を落とすクルーを、彼はさらに慰めた。
「お前の気持ちはよく分かる。俺だって焦りを感じないわけじゃない。
予定の日数をあまり超過するわけにも行かないからな。本調査が控えているんだし」
すると、テッドは勢いよく顔を上げた。
「そ──そうなんですか? キャップでも?」

船長は苦笑した。
「でもとはなんだ、俺だって、一刻も早く降りて行きたくて、うずうずしているんだぞ。
だが、焦ったところで仕方がないだろう?
それにな。これは俺の勘に過ぎないが、この嵐は長続きしない気がする。
運悪く、砂嵐が吹き荒れる時に当たってしまっただけだろう」
「だといいんですがね……」
テッドはつぶやき、食い入るように前方の大画面を凝視した。

『N.B.暦1997年2月29日

ありがたいことに自分の読みが的中し、ついに砂嵐はやんだ。
一時はどうなるかと思ったが、あの嵐は一つ、いい事をしてくれた。
今まで砂に埋もれて見えないでいたドームらしきものを、掘り起こしてくれたのだ。
人工物があるところを見ると、やはりこの惑星が母星であると見て間違いないだろう。
降下地点を変更し、まずはこのドームを調査することとする。

ついに、記念すべき母星(おそらくは)への第一歩を記すことになると思うと、やはり感慨(かんがい)深い。
しかし、探査ロボットの映像で見た地表の様子は、核戦争で滅んだとするには違和感がある。
放射能が消えているのは当然としても、核ミサイルが着弾したクレーター(こん)などは、ほとんど見当たらないのだ。
2000年もの間に、あのグレートサンドストームが、戦争の傷跡を消し去ってしまったのだろうか。
乗組員は全員良好。喧嘩騒ぎに近いことが一度あったが、さほど根の深いものではないようだ』

日誌を書き込んだ後、スミスは例によってていねいに、引出しへとしまう。
彼はかねてからの打ち合わせ通り、第六班をトルレンス号に残し、興奮を隠し切れずにいるテッドを落ち着かせつつ、着陸船へと乗り込んだ。

無事に惑星の地表へと降り立つと、第六班に到着を告げ、まずは偵察用ロボットを目的の建造物に向かわせる。
ドームの半球形の外壁は一部分、外から途方もない力を加えられたらしく、内側に向かって大きく折れ曲がり裂けていた。

「ふむ。ここから入れるな。……あの大嵐に耐えたんだ、天井の骨組みなどもまだしっかりしているんだろう」
船長はうなずき、乗組員達に命じた。
「よし、では予定通り、第一班と第二班はドーム内部、第三班と第四班はドーム周辺を調査。
第五班は着陸船で、データ分析だ」
「了解!」
クルー達は、さっと散開する。

スミス自身は第五班と共に着陸船に残り、調査班からの報告を受けていた。
テッドも当然、船長のそばでデータ分析を手伝う。
新人が他の班員と同様、外での調査を希望しているのはスミスにも分かっていたし、生物もいないこの星で危険があるとすれば、地震、嵐その他の気象的なものに限られるとは思ったが、慎重に行動するに越したことはないと彼は考えていた。
たった一人の行動が、クルー全員を死に至らしめることもあるということを、彼ほど身にしみて知っている者はなかったのだ。

しかし、開始された調査は、最初から衝撃的なものとなった。
一時間後、(あわただ)しい口調の報告が着陸船に飛び込んできたのだ。
「──こちら第三班! 大変です、キャップ! ひ、人の死体です、しかも大量に!」
クルーからの報告に、スミスは冷静に応じた。
「落ち着け、第三班。映像を送れるか?」
「は、はい、今、映像を送ります」

「ええっ!?」
「そ、そんなバカな!?」
「どうして……!」
一瞬後、固唾(かたず)を飲んでモニターの前に張り付いていた乗組員達の口から、悲鳴にも近い声が上がった。
彼らの眼に映ったのは、崖下に無造作に転がっている、無数の人間の死体だったのだ。

「ご、ご覧になれますか、キャップ!
ひ、人が……人間が大勢倒れているんです、すぐ下の岩場に!」
「ああ、ちゃんと見えている。現場に近づけそうか?」
狼狽し切っている第三班の班長に対し、あくまでも平静に船長は尋ねた。
その声に、パニックを起こしかけていたジェベル・クライブも気分が静まり、声も落ち着いてきた。
「は、はい、岩が階段状になっているところがあります、大丈夫、行けそうです」

「よし、班員の半数が降下、残りは崖上で待機し、不測の事態に備えよ。
気をつけろよ、ジェベル。何かあったら、すぐに連絡しろ」
「了解、調査を開始します」
スミスを始めとする着陸船に居残った第五班の面々は、何も手につかず、第三班による次の報告を待った。