ヴァンパイア・ゴーレム
(3)

「な、何ですか、クレイブ班長、一体……?」
給湯室に連れ込まれたテッド・ラクトンは、不安そうな表情で、たくましい先輩クルーを見上げた。
「いいか、テッド。
お前さんは入社したてだから知らんだろうが、キャップの前では、提督の話はしない方がいいぞ」
ジェベル・クレイブは太い腕を組み、威圧するように言った。
「ど、どうしてですか? 偉大なご先祖のことなのに」

へどもどしながら尋ねる新米の額を、ジェベルは太い指でつついた。
「よーく“ここ”で考えてみろ。
お前さんだって、事あるごとに昔のご立派なご先祖と比べられたら、嫌になるだろうが?
提督は提督だし、キャップはキャップだ。……まあたしかに、どっちも偉大だが。
ウィキニア星の戦線を守り抜いたのは、司令官、いや、キャップの功績だからな。
もしあの戦いに負けていたら、俺達は今、こうしてのんびり、母星探しなんてやってはいられんさ。
それにだ、本調査隊の方に参加したりしたら、マスメディアが嗅ぎつけて、『スミス提督の子孫、母星を再発見』、とか何とか、うるさく騒ぎ立てるのは眼に見えている。
そうは思わんか? ん?」

「で、でも、その方がイベントも盛り上がって……」
言いかけるテッドに、ジェベルは顔を近づけた。
「まだ分からんのか、キャップは、騒がれたり、TV局に追いかけ回されたりするのは、お好きじゃないんだ。どうだ──分かったかな?」
筋骨たくましい先輩クルーに、のしかかられるようにして念を押されては、テッドもうなずくしかなかった。
「あ、わ、分かります……」

「それに、死ぬまで現役でいたいというのが、キャップの口癖でな。
まだ四十代の若さで宇宙軍を退役したってのも、位が上がってくるとデスクワークばかりになってしまって、現場にいられないからだそうだ。
彼に惚れて、軍を辞めてついてきたのは俺だけじゃない。今回の任務で班長をやってる奴らは、皆そうだ」
ジェベルは自慢げに胸を張った。
テッドは、六班の班長がスミスに心酔しているわけをようやく納得し、うなずいた。
「そうなんですか、なるほど」

その後コックピットに戻り、新米クルーはスミスに向かって頭を下げた。
「さっきは、すいませんでした、キャップ。俺、よく知らなくて……」
「気にするな、テッド。俺は、気ままに宇宙を旅できれば、それで満足だ。地位も名誉も興味はないのさ」
スミスは彼に笑いかけ、香り高いコーヒーをすすった。

『N.B.暦1997年2月10日/PM.11:30

ようやく目的の星系に入り、我々はコールドスリープから目覚めた。
遥かな昔、先祖がこんな辺境の星系から、数十年もかけてN.B.に到達したのかと思うと感慨もひとしおだ。

宇宙管理局の希望的観測はさて置き、事前に行った無人探査機による大気圏外探査の結果、母星に該当しそうな惑星は3個あったが、どれも現在は生物が住める環境にはなく、特定には至らなかった。

そこで今回、直接精査ロボットを投下してみたところ、地上は大差なかったものの、唯一、第13惑星には地下に膨大な金属反応があり、ここが母星として最も有望と考えられる。
どうやら管理局も面目を保てそうだ。

クルー全員、体調万全の状態であり、艦内環境も良好。乗組員間のもめ事も特にない。
準備が完了し次第、第13惑星に降下する』

「キャップ、まだそんなの書いてるんですか、そろそろ支度を!」
テッドが声をかけてくる。
「慌てるな、今行く」
スミスは、コックピットに作り付けになった引き出しに日誌を入れ、慎重に施錠した。
この部分は、不測の事態から中身を守るため、強力な耐熱耐圧構造になっているのだ。
それが済むと、彼は手早く降下の準備を始めた。

だが、コクピットに行ってみると、事態は意外な展開を見せていた。
オペレータの一人が、緊迫した声でスミスに告げる。
「キャップ、着陸予定地点の天候が急激に悪化しました。
さらに、つい先ほど北半球で発生した嵐が、ポイントに近づきつつあります」
「ええっ、そんな。もう下りる準備も完了してるってのに」
テッドが口をとがらせた。

「嵐の規模は? どれくらいで到達する?」
船長は冷静に尋ねた。
「コンピュータのシュミレーションでは、あと一時間です。
規模は当初、さほどでもなかったのですが、加速度的に勢いを拡大しています。
それと共に移動速度も上がっていて……あ、たった今、最新の演算結果が出ました。
これは……まずいですね、もう半時間ほどで到達するようです」

「スクリーンに出してみてくれ」
「はい」
オペレータが操作すると、前方の大画面に地表の様子が映し出された。
天を()かんばかりの巨大な竜巻が、赤茶けた砂の大地を、我が物顔で荒らし回っている。
「これはまた、ものすごいトルネードだな……」
テッドは、映像から目を離せない様子だった。

「ふむ、これでは降下できそうにないな。第二、第三着陸予定地はどうだ?」
「それが……どちらの方にも、やはり竜巻が発生していまして」
「両方とも? 嵐の季節なのか?」
「分かりません。この惑星に関しては気象データが不足しています」
「そうか。まあいい、やむを得ん、他に着陸できそうな場所を探そう。全体図を見せてくれ」
「了解」
オペレータの指が、踊るようにキーボードを叩いていく。

「……むう、これは」
映像が徐々に引いていくと、スミスは唸った。
ほんのわずかな間に、砂嵐は北半球どころか、惑星全体を覆うように範囲を拡大していたのだ。
「こんな大嵐は見たことがない。一体どういうメカニズムで、これほど勢力を増したのだろうな」
「シュミレートしてみます」
別のオペレータがキーを叩くと、生の映像に代わって、コンピュータグラフィックの嵐がスクリーンに表示された。
あちこちに発生した小さな渦が風を呼び込んで大きくなり、徐々に集まって、巨大な渦に成長していくさまがCGで再現される。

「なるほど。だがこの分では、まだまだ成長しそうな感じだな。
ともかく、嵐がおさまるまで着陸は不可能だ。どれくらいで消えるか、予測できるか?」
船長の問いに、コンピュータを操作していたオペレータは、首を横に振った。
「駄目ですね、やはり気象データが不足していて、予測がつきません。
今すぐ消えるかもしれませんし、明日か、一ヶ月先か、もしくはそれ以上ということも……」

「なんてこった、目の前に母星があるってのに!」
忌々しげに、テッドが言った。
「まだ母星とは決まっていないぞ」
そう新米クルーをたしなめつつ、船長は、最善の策を懸命に模索していた。