ヴァンパイア・ゴーレム
(2)
『N.B.暦1997年1月26日/PM.17:00
本日PM.11:45、緊急事態が発生した。
数値の変化がないとの報告を受け、当直の第三班が調べたところ、艦内の気密漏れを知らせる漏洩警報装置並びに自動修復装置とが、同時に故障を起こしていたのだ。
急ぎ交代要員をも起床させ、船内をくまなくチェックした結果、微小隕石の衝突によると思われる3箇所の穴(各々直径8、5、1.5センチ)が見つかり、すぐにふさいだ。
小規模な漏れだったからよかったようなものの、一歩間違えばあの世行きだ。
今回は比較的簡単に修繕できたが、今後もこの船を使い続けるつもりなら、やはり徹底したメンテナンスが必要と思われる。
トルレンス号は宇宙軍からの払い下げであり、軍属だった俺や古参の班長達には馴染み深い仕様なのはいいが、少々型が古い。
本来ならば、航行前に大規模な点検と整備をすべきであり、そう何度も進言したのだが。
まったく、前途多難を暗示させる出来事だった。
さらに、ベテランクルーと組めなかったことも不安材料の一つだ。
この調査が予定外のものであるため仕方がないが、班長に
特に、テッド・ラクトンだ。
数ヶ月前まで
宇宙では、何事にも動じないタフな神経を持っていなければ、生き残ることは難しい。
テッドが鉄の神経を持っているかどうかは、今のところ未知数だ。
慣れるまで、種々のサポートは必要不可欠と思われる』
……と、スミスがそこまで書いたときだった。
「報告書ですか、キャップ」
当のテッド・ラクトンが、声をかけてきた。
「いや、これは航海日誌だ」
船長席で日誌を記入していたスミスは、ゆっくりとそれを閉じた。
テッドは薄茶色の眼を丸くした。
「へえ、手書きでですか。船の脳に打ち込んだ方が簡単なのに?」
「コンピュータは、船内の電気系統が故障したらオシャカだからな。
規則書に書いてあっただろう。読んでないのか」
「あんな長ったらしいの、誰がマジに読むんです? 五分読まないうちにギブしましたよ」
新米クルーは生あくびを噛み殺した。
(定期船の気分が未だ抜けていないらしい。のんきなものだな)
スミスは心の中で肩をすくめた。
「退屈を持て余しているらしいな、テッド。
いい機会だ、お前も何か書いてみたらどうだ? 高耐久ノートならあるぞ、そら」
彼が引き出しからノートを取り出して見せると、テッドは
「ご、ご冗談を。今は頭に電極つなぐだけで、記憶のコピーもできるって時代ですよ。
キーボードで打ち込むのさえ、もう時代遅れになりつつあるってのに、わざわざペンでなんて……。
あ、そ、そうだ! コールドスリープに入る前に、コーヒーでもどうですか!」
「そうだな、頼む」
「ああ、ついでに俺にも頼むよ」
「俺も」
「こっちもだ」
「ああ、頼む」
他のクルーからも次々声がかかる。
「じゃあ、全員分お持ちします、お待ち下さいよっと!」
テッドはあたふたと給湯室へ向かい、スミスは苦笑しつつ日誌に戻った。
『あと3年で、
それを記念して、人類の故郷再発見プロジェクトが大々的に立ち上げられた。
ところが、ここに至って肝心な母星の正確な座標及び様々なデータが消失し、しかも、その事実が巧妙に
過去の指導者の誰かが、母星からの完全独立を目指し、データを意図的に消したのではないかと見られているが、真相はいまだ明らかにはなっていない。
宇宙管理局はマスメディアに散々叩かれ、世界政府からは責任を問われて、弁明に
ともあれ、正確な座標すら不明な今の状況では、大規模な調査団を派遣するのには無理がある。
そこで、極秘裏に予備調査をして欲しいという依頼が
しかし、予定外のことで空いている大型船はなく、様々な交渉の結果、宇宙軍からトルレンス号を譲り受けることとなったのだった。
軍と管理局は仲が悪い。そのため軍は、管理局に恩を売れる絶好の機会を逃さないだろうという俺の読みは当たったと言える。
それはさて置き、宇宙局は、これから向かう星系の中心にある恒星から数えて13番目か14番目の惑星が母星だと主張しているのだが、当てになるものかどうか、俺は大いに疑問視している。
行ってみなければ分からない、というのが正確なところだ。
それでも、どれほど豊富にデータがあったとしても、臨機応変に対処しなければならない事態は起こり得るわけだし、俺自身はさほど悲観はしていない。
クルーの体調及び船内の雰囲気は良好、
3時間後、コールドスリープに入る』
(……まったく、日誌には、客観的事実だけを書けばいいと思うんだがな。
俺の感じたこと、船内の雰囲気等々、乗組員の動静までも細かく書き込まなくてはならないとは、テッドに言われるまでもなく、面倒なものだ。
まあ、
本当に、宇宙では何が起こっても不思議じゃない……)
「キャップ、どうぞ!」
ペンを持つ手がいつの間にか止まり、ついぼんやり考え事をしていたスミスの耳に、テッドの元気な声が届き、彼は我に返った。
「あ……ああ、ありがとう」
再び日誌を閉じ、彼は湯気の立つカップを受け取った。
「でも、宇宙管理局のヤツら、浮かれてましたよね、キャップ。
下っ端はともかく、次長や部長クラスのお歴々まで」
スミスは肩をすくめた。
「これで自分らのミスが帳消しになると思っているんなら、考えが甘過ぎるというものだが、あいつらだけじゃないさ。
あと三年もあると言うのに、TV局ではカウントダウンまで始めたそうじゃないか、気の早い」
「ああ、そうでしたっけね。
でも、今さら穴ぼこだらけの母星に戻ったって何になるんです? 死滅した星見て、何が面白いんだか」
テッドは子供のように口をとがらせた。
個人的にはそうかもしれないと思ったものの、船長としての立場上、スミスは彼の意見に賛成しかねた。
「まあそう言うな。二千年も経てば放射能は消えているだろうし、植物くらいは復活しているかもしれん。
死の星のままだとしても、それを見て過去の行為を反省するのは悪くはないだろう?」
しかし、テッドは承服しかねると言った顔つきだった。
「……反省……ですか? 今もセコイことでもめて、あちこちで角突き合ってるような連中が。
そんなことで反省したりするんでしょうかね、キャップ」
「可能性はあるさ、やってみるのも悪くない」
そう言ってから、スミスは、今回のトルレンス号の目的をTV局に嗅ぎつけられないよう、社長が異常なほど神経質になっていたことを思い出した。
「ともかく、俺達はあくまでも“脇役”だ。
どこに何があるかを正確に調べ上げ、本調査隊がスムーズに“母星を再発見する”ためのな。
彼らが後で、TVクルーを引き連れて華々しく登場して初めて、この“イベント”は成功を収め、管理局も信用を取り戻せるんだぞ。
……まあ、一応はな」
「でもキャップは、
どうして予備調査だけで、本調査の方には参加しないんですか?」
何気なくテッドが尋ねた途端、コックピット内の空気が凍りついた。
「……え? え? お、俺、何かまずいこと言いました?」
「ちょっとこっちへ来い」
焦って周囲を見回す彼の腕を、第三班の班長がむんずとつかみ、引きずっていく。