アルナのそばまで行ったレグナムは、ぱっとしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込んだ。
「なぁ、聞いてくれよぉ、アルナ。実はな、お前の父親を殺したのはサマエルじゃなくて、このオレなんだ。
サマエルってば、マジギレすりゃあ、魔界王だって軽~くぶっ倒せるってーのに、普段は虫も殺せねーんだからよぉ」
紫のつぶらな瞳をくりくりさせて話す少年の無邪気さに、アルナは歯を食いしばった。
「もっとマシな嘘をおつきなさい! 十年前なんて、お前はまだ赤ん坊でしょうに!」
すると少年は口をとがらせた。
「はん、外見で判断すんじゃねーよ。ここん中じゃあな、オレがいっちゃん年上なんだぜ……」
そこまで言うと、レグナムの口調がガラリと変わり、声の質までもが変化した。
『──我が名は“焔の眸”。かくのごとき
遥かなる太古、称号“貴石の王”を与えられ、魔界の高貴なる玉座、その左に座するを許されし者。
魔界の王権の象徴なり──!』
朗々と響き渡るような声で真の名を告げた宝石の化身は、さらに変身を解く呪文を唱える。
「──ディスイリュージョン!」
刹那、束ねていたひもがほどけ、少年の髪がぱあっと広がって、見る間に
それまで紫だった瞳もまた、同じく鮮やかな紅に色を変え、さらに、人間の眼には決して存在し得ない、炎めいた黄金色の
彼こそは魔界において至宝とされる、大人の握り拳ほどもある紅い宝石、“焔の眸”に宿る精霊だった。
“ダイアデム”は、“王冠、王座、王権”を意味する。
“ロティオン”同様、“レグナム”という名もまた、偽名だったのだ。
その力は、少年の姿のときでもまったく損なわれてはおらず、禍々しくも
「……お、お前が、魔界の貴族……」
アルナは、彼の瞳が発する妖しい光輝に意識をからみ取られ、徐々に気が遠くなり始めていた。
『我が語りに耳を傾けよ、掠奪侯の息女、アルナよ。
魔界より
なれど……死に
いや、左様なことはあるまい。誇り高きシャックス侯は、ベルフェゴールごときに使役されることへの
なおかつ、侯は恨む相手を
加えて、きゃつが我の身代わりとしてサマエルを仇に仕立て上げたは、
外見にはまったくそぐわない、不思議に重々しい語調と声とで彼は語り終え、それと同時にアルナは我に返る。
「あ……」
夢の名残りを振り払うかのように激しく頭を振って、彼女は叫んだ。
「じゃ──じゃあ、お前は、わたしがフィンズーズに騙されてたって言うの!
でも……違うわ、だってお父さんはやっぱり、仇を取って欲しかったに決まってるもの!」
するとダイアデムは子供っぽい顔つきに戻り、ぺこりと頭を下げた。
「ご免な。キミの気持ちも分かるよ。父親を殺されちまったんだもんな。
悔しくて無念な思いを、誰かにぶつけなきゃ気がすまなかったんだろ?
でも、もうやめにしよーぜ。だって、掠奪侯がホントに恨んでるのは、ベルフェゴールの方じゃねーのか?
無理矢理悪いことに加担させられて、殺される羽目になっちまったんだし、シャックスはキミに復讐なんて望んでねーさ。
それにオレにも、まだやんなきゃいけねーことがあるし、キミに殺されてやるわけにゃいかねーんだよ」
「聞いた通りだ、復讐は諦めてくれないか、アルナ。この通りだ。
私も女性に手荒な真似はしたくない……気の毒なキミの命まで、奪いたくはないのだ。
……そう、私で代わりになるのなら、何でもしよう。死以外のことなら、好きにしてくれ……」
サマエルは、こうべを垂れた。
「バカなコト言うなよ、サマエル。やったのはオレなんだから。
な、アルナ。こいつは関係ねー、オレを好きにしていいから、もうやめてくれよ」
ダイアデムも言った。
しかし、アルナは聞く耳を持たなかった。
「くっ、仇に憐れみをかけられるなんて……!
──エンサングイン!」
よろめきながら立ち上がった彼女の手に、鋭い輝きが現れる。
「およし、アルナ!」
「あ、よせ!」
賢者とダイアデムの叫びも虚しく、彼女が短剣を胸に突き立てようとした、そのとき。
「ダメだ────っ!」
突如、セエレの体が眼も
「な、……何が起こったの……!?」
アルナは、ばらばらの破片を手に呆然とする。
「おいおい、すっげなー、サマエルの術を自力で解いたのかよ!?」
ダイアデムは、紅い眼をまん丸くする。
「しかも、魔力はまだ封印されたままのはずなのに……!?」
ネスターもまた愕然としたものの、さすがは賢者、サマエルだけが動ぜず、静かだった。
セエレ自身は、何が起こったのかまったくわからなかった。
そのままふらふらと、女教師に歩み寄っていく。
「せ、先生……死んじゃ……ダメ……だ……」
アルナの眼に、怯えにも似た光が走る。
「な、何で、わたしなんかを助けようとするの!?
わたしは、あんたを罠にはめた“魔物”なのよ、分かってるの!?」
「俺、誰かが死ぬの、もう、見たくないんだ……。
たとえ先生が、魔物でも、俺、構わない……だって俺、先生が……ずっと好き……だった、から……」
鉛のように重い足をひきずるようにして、セエレは女教師に近づく。
「う……うるさい、わたしは仇を討るのよ、邪魔しないで!」
しかし彼の哀願も耳に入れようとせず、
「こ、こうなったらもう、いいわ! どっちが仇でも構わない、紅毛のチビも賢者も、両方とも殺してやる!
そうよ、そうすればいいのよっ!」
「ダ、ダメ……せん……せ……」
彼女を止めようとしたセエレは、急に目の前が暗くなり、ぐらりと倒れかかった。
「危ない、セエレ!
──ムーヴ!」
とっさに魔法移動し少年を抱きとめたサマエルは、次の瞬間、顔色を変えた。
「いけない、心臓が止まっている! 魔力を使い過ぎたな!」
「何ですと!?」
ネスターは、急いで二人に駆け寄った。