22.戦の帰結(5)
「何、タナトスが死んだじゃと!?
ゼデキアは叫び、それに応えてラジエルが船内に駆け戻るのと、ミカエルがドアを開けるのとは同時だった。
「天帝様! 今のをお聞きになられましたか!?」
「ただ今戻りました」
「あいさつはよい、詳細を述べよ、ラジエル」
ゼデキアはミカエルには眼もくれず、目の前にひざまずいた天使に尋ねた。
「……はは。一匹のケルベロスを発見し、わたしはそっと後をつけました。
ヤツは方々嗅ぎ回っておりましたが、とある場所で、タナトスの名を呼んだのでございます。
敵の
するとタナトスは、巨大ながれきの下敷きとなり、事切れておったのです。
そこで、取り急ぎ天帝様にお知らせせねばと、戻って参りました次第でございます」
「……ふむ。悪鬼の長め、ついに死んだか」
ゼデキアは、感慨深げにあごひげをなでた。
「いやいや、あのタナトスが、それしきで死ぬなど、考えられませぬ。
我らを
それより、ラジエル、貴様、何ゆえ
ミカエルは詰め寄る。
「落ち着くがよい、ミカエル。
いくら彼奴とて、あの爆発で無事には済むまい。
ここには女子供もおる、無粋な首なぞ不要じゃ」
「天帝様の仰る通りでございますよ、ミカエル様。
荒廃した地に長居は無用、当初の計画通り、早く人界へ向かうべきです」
ラジエルは、静かに意見を述べた。
「何? それで、あやつが死んでいなかったらどうする!」
ミカエルは、天使をどやしつけた。
「いや、タナトスは、たしかに息絶えておりましたよ。
幾度も確認致しましたゆえ、誓って相違ございませぬ」
「ならば、わたしが確認に参りましょう、天帝様」
不毛な言い合いに割り込んだのは、ラグエルだった。
「よし、見て参れ。それでよかろう、ミカエル」
ミカエルに
「は……」
渋々ミカエルは折れた。
そのとき、サリエルが、おずおずと口を開いた。
「あの、天帝様、お願いが……」
「何じゃ?」
「あ、あの……タナトスの、髪の毛を、ほんの少し、持って来てもらっても、いいでしょうか?
父の髪と一緒に、持っていたいんです、形見として……。
敵ですけど、僕にとっては伯父、ですから……」
「「どうか、お願いします」」
サリエルと複製は、同時にぺこりと礼をした。
「わ、わたしからも、お願いします!」
アスベエルも慌てて頭を下げる。
「ひいお祖父様、わたくしからもお願い。
サリエルは心細いのよ、血縁が皆死んじゃったんですもの。
髪くらい、いいでしょ?
……誰かさんみたいに、生首を欲しがってるわけじゃないし」
フレイアは、顔をしかめてミカエルを見た。
「……まあよかろう、殊勝な心がけじゃ」
天帝は
「ありがとうございます。よかったわね、サリエル」
「「はい、ありがとうございます、天帝様」」
サリエル達は声を揃えて礼を述べ、頭を下げた。
「わたしからもお礼申し上げます」
アスベエルも
「それでは、行って参ります」
共に君主に会釈してから、ラジエルとラグエルは、元天使長に勝ち誇ったような表情を向けた。
ミカエルは当然、むかっ腹を立てた。
「天帝様、我も参ります。この眼で確かめねば、気が収まりませぬ」
「何? されど……」
「お言葉ですが、ここの守りが手薄になるのでは?」
ウリエルの危惧を、ミカエルは一蹴した。
「ふん、船は父祖の力に守られておるわ、貴様らなどいらぬほどにな」
「ですが、君子危うきに近寄らず、と申しますし……」
「左様、
ラグエルも口を添えた。
諭されたミカエルは
「複製ごときが何を言う! 我を行かせたくないとは、やはり怪しい!
天帝様、ぜひとも我に、こやつらの監視をお言いつけ下さいませ!」
「いい加減になさい、そんなに味方が信用出来ないの!?」
うんざりした女神の声は、つい甲高くなる。
「よい、フレイア。
ミカエル。それほど申すのであれば、行くがよい」
天帝は、面倒臭そうに許しを与えた。
「はは。ありがたき幸せ」
ミカエルは得意顔で、二人について出て行った。
「さて、ようよう静かになったの。
リピーダよ。これにて作業に集中出来よう、慌てずともよい、確実にこなせ」
天帝は命じた。
「あ、はい」
ミカエルを送り出したのは、
しかし、このままでは、タナトスの生死も分からぬまま、人界に行くことになる。
アスベエルが、念話でウリエル達に相談を持ちかけようとした時、リピーダがつぶやいた。
「……おかしいわ、数値は合っているはずなのに……」
その声は、静まり返っていた艇内に、意外と大きく響いた。
「いかがした、リピーダ。何か不都合でもあるか」
「はい、天帝様、それが、どうもおかしいのです。
この数値を何度入れても、エラーが出てしまいまして……」
女天使は、手にしたメモ書きを示す。
「ふむ。ならば誰か、代わりに入れて見よ」
「では、わたしが」
ガブリエルがメモを受け取り、数値を入力する。
他の者達にも、長い数字の羅列を確認させた後で、キーを押す。
だが、画面には、やはりエラーが表示された。
「あら、やっぱり駄目ですわね」
「そもそも、それで合っておるのか?」
ゼデキアは尋ねた。
「はい。地下でもこれを入力致しましたので。
それでも、やはりおかしいですわ。
地上からでないと次元移動出来ないのでしたら、最初からそう表示されるのではないでしょうか」
「……むう、たしかにな」
ゼデキアは考え込み、天使達も考えている振りをした。
『くくく……』
そのとき、聞き慣れた忍び笑いと共に、なじみの姿が部屋の中央に現れた。
『それは、私が、この船の計器を狂わせたからだよ』
「「父上!」」
サリエルと複製は、一緒に声を上げた。
「き、貴様の仕業か、この悪霊めが!」
ゼデキアも叫んだ。
『お前がミカエルを厄介払いしたことは、私にとっても好都合だった。
今頃、魔族に捕らえられている頃だろうさ』
「何じゃと!?」
『そして、この船もすでに発見されている、見るがいい』
死霊は、前方のスクリーンを指差した。
画面には、脱出艇を取り囲む、三頭の龍が映し出されていた。
「あり得ないわ、この船には光学迷彩が……!」
リピーダは叫ぶ。
『くく、リピーダ。もういいよ、お芝居は終わりだ』
すると、女天使は態度を豹変させ、死人に微笑みかけた。
「はい、サマエル様。
わざとのろのろして、ミカエルを
「……!?」
天帝は目を白黒させ、その顎はがくりと落ちた。
彼女も味方になっていたのかと、天使達も驚く。
『ゼデキア、もうお前は終わりだ。
神々もお前を見限っている……自業自得だがね』
サマエルは、再びスクリーンを示す。
悪魔達と共に、爆破に巻き込まれて死んだはずの神々もまた、脱出艇を取り巻いていたのだった。
しゅきゅう【首級】
《中国の戦国時代、秦の法で、敵の首を一つ取ると1階級上がったところから》討ち取った首。しるし。
しゅかい【首魁】
1 かしら。特に悪事・謀反などの首謀者。張本人。:デジタル大辞泉
けいきょ-もうどう【軽挙妄動】
軽はずみに何も考えずに行動すること。是非の分別もなく、軽はずみに動くこと。
「軽挙」は深く考えずに行動すること。
「妄動」は分別なくみだりに行動すること。:新明解四字熟語辞典