10.龍の邂逅 (1)
“『子供達』ということは、貴様らは知っているということか、龍への
タナトスは、シュネとリオンの方へ手を振った。
“え……あたし、分かんないけど。リオン兄さんはどう?”
“いや、ぼくも分からないな”
顔を見合わせ、二人が揃って首を横に振ると、タナトスは舌打ちした。
“ち、役に立たんガキどもだ”
顔をしかめている魔界の王に、シンハが問いかける。
“ならば、サタナエルよ、汝はいかに。
モトの申した『子供達』とは、ロムルスとレムスの両名をも、含んでおるのではないのか?”
“俺も? ……なるほど、そうか”
早速タナトスは、自分の心の中を探ってみた。
しかし、何も思い浮かばなかった。
(おい、ロムルスとレムス! どうすればいいのだ、教えろ!)
おのれと融合した少年達に尋ねてみても、やはり答えは返って来ない。
“くそ、モトめ、いい加減なことを言いおって!
これでは、たとえサマエルが目覚めても、火閃銀龍に対抗できんではないか!”
今にもかんしゃくを爆発させそうな彼をなだめるため、魔界のライオンは急いで言った。
“モトと同化したルキフェルならば、当然知っていよう。
“……むう、そうか。そろそろヤツが覚醒してもよい頃合だな”
タナトスはうなずき、怒りを収めた。
“あやつが起きれば、どうにかなるだろう。
火閃銀龍の弱点なども知っているかも知れんしな”
“左様。しばしの辛抱だ”
安堵したように、シンハはたてがみを震わせる。
ロムルスとレムス、二つもの
それでも、
その後、皆は気を張り詰めて、周囲が明るくなるのを待った。
だが、いくら経っても辺りは暗いままで、サマエルが目覚めた気配はなく、かといって、火閃銀龍が攻撃を仕掛けてくる様子もない。
タナトスの例を見ても、サマエルとモトが同化するのに、それほど時間がかかるとは思えなかったのだが。
“……くそ、モトのヤツ、失敗したのか? まったく、口ほどにもない”
初めこそ大人しく待っていたものの、とうとうタナトスはしびれを切らし、ぶつぶつつぶやきながら、苛々と歩き回り始めた。
彼が何かしでかさないうちにと、すかさずシンハは釘を刺す。
“サタナエル、
“ふん、分かっておるわ、心配せずとも、単独で飛び出して行ったりはせん。
だが、この後、どうするのだ?
サマエルが起きんことには何も始まらんし、俺達がどうやって龍になるかも、分からんのだぞ。
八方
タナトスは闇を睨みつけ、悪態をついた。
黄金のライオンは顔を上げ、探るように空間の匂いを嗅いだ。
周囲を取り囲む闇は、相も変わらず深い静寂に包まれており、何の気配も思念も伝わっては来ない。
“……ふむ。
幸いなことに、未だ我らの侵入を、火閃銀龍に悟られてはおらぬようだな、ならば……”
そうつぶやくと、彼はシュネに念話を送った。
“ベリルよ、ルキフェルに呼びかけてみよ。
モトが融合出来たかは不明なれど、汝の呼び声ならば、彼を目覚めさせることができるやも知れぬ”
“そうか、元々、そのために連れて来たのだしな。
早速やってみろ、ベリルとやら”
動きを止めて、タナトスも彼女を促す。
“は、はい。じゃあ、やってみます、ね”
シュネはうなずき、祈るように指を組み合わせると、この空間のどこかで眠っているはずのサマエル……その精神に向かって、呼びかけを始めた。
“え、えっと……サ、サマエル様! あたし、シュネです! 眼を覚まして下さい!
シンハやリオン兄さんや、あなたのお兄さんのタナトスさんも、ここに来てます!
皆、あなたのことを心配してますよ!
早く起きて下さい、お願いします!”
シュネ……本名ベリルの特殊な呼び声は、次元さえも超えて、相手に届く。
人界にいながら、汎魔殿で宝物庫の門番をしていた魔物を呼び寄せたことさえある。
それこそが、ジルの血を色濃く継いでいる印であり、ましてサマエルの子孫でもある彼女の声が届かないはずはない、そう思われたのだが……。
どれほど待っても何の反応もなく、周囲の闇は、水を打ったように静まり返っているばかり。
“何だ、届いておらんのか? サマエルが起きた様子はないぞ”
眉をしかめ、タナトスはシュネをじろりと見た。
“え、あ、あの……じゃ、じゃあ、も、もう一度呼んでみます……!
サ、サマエル様! お、起きて下さい!
あ、あなたが、お、起きてくれないと、皆、こ、困るんです!
お、お願いします、め、目を、さ、覚まして下さいってば!”
焦ったシュネが、少々どもりながら呼びかける。
心の声なのだから、どもる必要はないと思われたが、癖というものは中々抜けないようだった。
その後、全員が耳を澄ますも、やはりどこからも応答はない。
“……ち、どいつもこいつも、物の役に立たんヤツばかりだな!”
タナトスは激しく舌打ちし、シュネは、穴があったら入りたいような風情で、うつむいた。
“ご、ごめんなさい……あ、あたし、や、役立たずで……”
“キミのせいじゃないよ、シュネ。
お父さんを押さえつけてる力の方が、キミの声より強いんだ、きっと”
リオンは彼女を慰め、それからタナトスに言った。
“こうなったら、ぼくら全員で、一斉に呼びかけてみましょうよ。
ぼくらは皆、サマエルには深い関わりがあるんですから。
一人じゃ駄目でも、皆一緒なら聞こえるんじゃ?”
“シナバリンよ、よくぞ申した”
ライオンは大きく全身を振り、賛意を示す。
“たしかに、ここに
いわんや、伝説の『四色の龍』である汝らの声が、ルキフェルに届かぬはずはあるまい”
“ふん……まあ、やってみても損はあるまい。どうせ、他に手段も考え付かんしな”
タナトスも渋々同意する。
“……サタナエルよ。我も、その呼びかけに加わるべきか?”
それまで、ただ成り行きを見守っていたカーラが尋ねて来た。
“無論だ、カーラ。
お前、すなわち“黯黒の眸”は、ヤツに『カオスの力』を分け与えたのだし、テネブレに至っては、ヤツを『息子』と言っていたくらいなのだからな”
“相分かった”
黒豹は居住まいを正した。
“さあ、皆、用意はいいな。
いくぞ! ──目覚めろ、サマエル!”
“ルキフェル、目覚めよ!”
“起きて、サマエル様!”
“お父さん、起きて!”
“覚醒せよ、ルキフェル”
タナトスの号令一下、シンハが、シュネが、リオンが、カーラが、一斉にサマエルに向けて呼び声を放った。
途端に、周囲がぱあっと明るくなる。
その眩しさに、皆は顔を覆い、あるいは固く眼を閉じた。
再び彼らが眼を明けたとき、すぐそばに、巨大な壁がそびえ立っていた。
意外にも彼らはすでに、目的地へ到着していたのだ。
そして、火閃銀龍に飲み込まれつつあった第二王子の目蓋が、彼らの声に応じてかすかに動き、ついに開いた。
「誰……? 私を呼ぶのは……ジル、かい?
まさか、ね……彼女は、もう……。
ああ、誰でもいい……私は眠りたいのだ、起こさないでくれ……」
だが、せっかく目覚めたというのに、サマエルはすぐに眼を閉じてしまった。
“駄目、サマエル様、起きて! あなたは、あたしのご先祖様なんでしょう!?
ちゃんと会ってお話したいよ!”
思わず、シュネが声を上げた。
“あたし、ずっとずっと、サマエル様が、ホントのお父さんだったらいいのにって思ってた……!
ねえ、起きて、遠い遠いお父さん! ちゃんと僕を見てよ!”
しまいに彼女は、かつてサマエルの弟子として屋敷にいたときのように、自分のことを“僕”と言ってしまっていた。
再びゆるやかに眼を開き、サマエルは答えた。
「その声は……シュネ、かい……? どうして、キミが……?
そう、キミは、私とジルの子孫……そういう意味では、キミにとって、私は、父親に近しいもの、なのかも知れないが……」
シュネに手を伸ばそうとして、彼は、身動きが取れないことに気づき、周囲を見回す。
「おや、どうして……それにここは……?
ああ、そうだった、あの龍……伝説の火閃銀龍が現れて、そして……」
“ねぇ、どうやったら、あなたを助け出せるの!?
そんなところから早く出て、帰って来てよ、お願い!”
シュネは必死の思いで叫ぶ。
「……助ける? そう、火閃銀龍だけが、私を救えるのだよ。
私は、生け贄として死ぬためだけに生まれ、生きて来たのに……。
今頃になって皆が、死ぬ必要などないと言い出すから……どうすればいいか……分からなくなって……。
火閃銀龍は、ただ眠っていればいいと……目覚めなければいい、眠っている間に、すべて済んでいるからと……苦しくもないからと……言ってくれた……。
素敵だろう? シュネ。
眠っている間に……夢の中にいるうちに、すべてから解放されるなんて……」
うっとりとした眼差しで、サマエルは天を仰いだ。
“駄目、駄目だよ、死ぬなんて言わないで!
シンハは、ダイアデムはどうするの、それに、フェレスは!?
取り残されて、悲しい思いをするよ!
皆、サマエル様のことが大好きなのに!
あたしだって悲しいし、お兄さんだって、きっとそう思ってる、死んじゃ嫌だよ!”
シュネの緑の眼から、涙がこぼれ始めた。
その彼女の肩を抱き、リオンも言葉を添える。
“お父さん、リオンです……あなたが死んだら、ぼくも悲しい……。
せっかく、お父さんができたのに。
死なないで、お願いです……!”
「リオン、シュネ……お前達の気持ちは、うれしいが……」
サマエルは、わずかに首を横に振った。
「だが、“焔の眸”は私を……本当に、愛してくれているのだろうか……。
タナトスもだ……彼らは単に自責の念に駆られ、私を生かしておくことで、罪滅ぼしをしようとしている……それだけのことではないのか……?
何だか私には、そう思えて仕方がないのだよ……」
「──こ、このたわけ者め!」
たまりかねたタナトスは大声を上げ、隠形の術の範囲からずかずかと歩み出ると、サマエルを見上げた。
「たしかに、そういう側面もないではない、
だが、さっき、モトとのやり取りで気づいたのだ、俺は、貴様を……」
「タナトス、お前……いつの間に?」
兄の突然の出現に驚き、サマエルが身を乗り出した、そのとき。
“まことに
ついに火閃銀龍が目覚め、四つの首を一斉に持ち上げた。
けいきょ【軽挙】
1 深く考えないで行動すること。
2 軽く飛び上がること。登仙(とうせん)すること。
登仙
天に登って仙人となること。
ろうがわし【乱がはし】
2 騒がしい。騒々しい。 Yahoo辞書