~紅龍の夢~

巻の六 THE BRIDE OF DEATH ─死の花嫁─

4.迷宮の宝石(3)

「よー、タナトス。お前、ニュクスにフラれたんだってなー、ドジ!」
汎魔殿にあるタナトスの私室に着き、魔界王の顔を見た途端、ダイアデムは言い放った。
タナトスは、きつい緋色の眼を激しく燃え立たせた。
「──この無礼者! いちいち気に触る言い方しか出来んのか、貴様!」

「だあ~って、ホントのことだもんよ、お前ってば、女の扱い、ヘタ過ぎ。
ちったー、サマエルを見習っちゃどうだ?」
少年は下唇を突き出す。
「何だと、こんなスケこましの、どこをどう見習えというのだ!」
カッとした魔界の王は、弟王子に指を突きつけた。

「……やれやれ、お前達と来たら……。
人聞きの悪いことばかり言うところは、そっくりだね」
ため息混じりにサマエルが口を挟むと、タナトスとダイアデムは同時に彼の方を向き、叫んだ。
「誰がそっくりだと!」
「オレのどこが、このバカに似てるんだよ!」

サマエルは苦笑し、取り成すように言った。
「まあまあ、落ち着いて、二人共。
今は、そんなことを言い合っている場合ではないだろう?」
「あ、そうだったな。分かっちゃいるんだけどさ、こいつが、ホントーにバカなもんだから」
紅毛の少年は、魔界の王を指差した。

「くっ、言わせておけば……!」
「へっ、ホントのこと言って何が悪りーんだよ!」
「タナトス様、ダイアデム殿、どうか、お静まりを!」
またも一触即発の二人の間にプロケルが割り込み、引き離す。

サマエルは真顔になった。
「じゃれ合いは、そこまでにしてもらえないかな。
まずは何をさておいても、ニュクスの身を確保することが最優先だ。
彼女はかなりの空腹なはず、(よこしま)な考えを持つ者の心に()かれ、何か問題を起こしてしまう前に、早く連れ戻さなければ」

タナトスは拳を握りしめた。
「……たしかに、今度、問題を起こしせば、俺がどうかばってやっても、よくて幽閉、最悪の場合、処刑もあり得るからな。
そんなことになったら、すべては俺のせいだ。
俺が(たわむ)れに、肉体など創ってしまったせいで……」

「そーだ、お前が悪い!」
反省している様子の魔界王に、元魔界の至宝は容赦なく、突っ込みを入れる。
「き、貴様!」
それに対してタナトスは、どうしても反応してしまうのだった。

「これ、ダイアデム、話が進まないよ、少し黙っていてくれないかな」
声に、ほんの少しに苛立ちを込めて、サマエルが言う。
「分かってるってばよ。でも、どーやって“黯黒の眸”を探すんだ?
汎魔殿の地下は、ちょー広い天然の迷宮なんだぜ。
いくらオレだって、そー簡単には……」

「心配はいらないよ。探すのではなく、呼び戻せばいいのだから」
「呼び戻す? それが出来ておれば、これほど苦労などせんわ!」
顔をしかめる兄に向けて、サマエルは言った。
「それはひとえに、お前の気持ちにかかっているのだが」

「俺の気持ちだと……?」
タナトスは、さらに険しい顔になった。
「そうだ。お前は、“黯黒の眸”を本気で愛しているのか?」
「くっ、何ゆえ、そんなことを貴様に言う必要がある!」
タナトスは歯を食いしばった。

「これは、大事なことなのだぞ。
お前が心底彼女を愛し、帰って来て欲しいと望まなければ、“黯黒の眸”は、永遠に地下迷宮に封印されたままとなるのだ。
私の眼を見て答えるがいい、真実彼女を愛していると言えるか?」
魔界の王は、弟王子を睨みつけた。
「それは、俺が心の中で思っていればいいことだろう!」

厳しい表情のまま、サマエルはうなずいた。
「その通り。本来なら、私が口をはさむ筋合いのものではない。
しかし、お前がニュクスに、『お前を愛している』と口に出して言えないようなら……。
明瞭に口にしなければ、彼女には伝わらない。
呼び戻しに成功したところで、再び同じことが繰り返されるだけだぞ」

「そ、そんなことは分かっている!
あいつが還って来てくれたら、何度でも、何十度でも──あいつが納得するまで繰り返し言ってやるさ、愛していると!」
「よし、言ったな、忘れるなよ、その言葉を!」
「魔界の王の名誉にかけて、忘れはせん!」

「……そんじゃあ……この話聞いても、そう言えるのかなぁ、お前……?」
ダイアデムが、その時、ためらいながら口を挟んだ。
タナトスは、露骨に嫌な顔をした。
「何だと、まだ何かあるのか、このくそ忙しいときに!」
「ホントは……できれば、言わずに済ましちまいたいこと、だったんだけどな……。
この際だから、言っといた方がいいかなぁって思って……。
後になって、騙されたとか言われたら、“黯黒の眸”だって、立つ瀬がないしさ……」
ダイアデムは珍しく、タナトスの眼を見ようとはせず、口の中でもぐもぐと言った。

「ぐずぐずした言い方はよせ、貴様らしくもない!
俺は急いでいるのだ、もったいをつけずに早く言ったらどうだ!」
「うん……それじゃあ、言うけどさ……。
オレ達……魔界の至宝の正体が、裏切り者のスパイだったとしても、あいつに愛してるって言ってやれんのか?
お前も、どうだ? サマエル」

「ス──スパイですと?」
「何を言い出すのだ、貴様……」
タナトスだけではなく、プロケルもあっけにとられた顔をした。
「私の気持ちは知っているはずだよ、ダイアデム。
それはともかく、どういうことなのか、詳しく話してくれないか?」
平静な表情のままでいたのは、サマエルだけだった。

「あのな、多分、“黯黒の眸”が姿を消したホントの理由も、ここにあるんだと思うんだ。
……そんで……う~んと、何から話したらいいんだろーな……」
分かりやすく説明しようと、ダイアデムは頭をひねった。

「そう──つまりさ、オレはともかく、真っ黒い宝石の“黯黒の眸”、そして、サマエルがオレを復活させるのに使った“(めし)いた瞳”……こいつに至っちゃ、ただの透明な石だろ?
なのに、何で“瞳”って呼ばれんのか、その理由を、お前ら、考えてみたことあるか?」

「お前の中に、黄金の炎のように燃え上がる輝きが瞳を思わせ、三つ一緒に発見されたから、すべてを“瞳”と呼ぶようになったのではないのかな?」
間髪(かんぱつ)入れずサマエルは答え、ダイアデムはうなずいた。
「そうだ、オレ達は三つ子。
しかも、天界のスパイとして創られた、“発見し、監視し、信号を送る者”……だからこそ、“瞳”って呼ばれるんだよ……」

「て、天界のヤツらが、貴様らを創っただと!?
ならば、今まで貴様らは、偽りの忠誠で我々を騙していたというのか!?
この裏切り者!」
タナトスは大声を上げ、再び、ダイアデムにつかみかかろうとした。
「待て! 最後まで話を聞け、タナトス!」
「お静まり下され、タナトス様!」
サマエルとプロケルは、慌てて彼を押さえる。

ダイアデムは激しく首を振った。
「──違ぇよ、お前達に対する忠誠は本物だった!
それに、今まで言わなかったのは、騙そうとしたからじゃない! 
信じてくんなくてもいいけど、サマエルが“盲いた瞳”を使って復活させてくれるまでは、思い出せなかったんだ!
二つの石の力が合わさることで、眠っていた記憶に、意味が与えられたんだから!」

「何だ、それは!
屁理屈をこねて、また騙そうと言うのか、この嘘つきめ!」
二人に腕をつかまれたまま、タナトスは吼える。
「──そうじゃねーってば!
創り出された直後は、赤ん坊とおんなじで、自分のしてることの意味なんて分かんなかったんだ!
“自分”を持って初めて、物事の意味が分かるもんなんだ、それは前にも話したろっ!」

「そうだったな……分かった、もう危害は加えん、最後まで聞いてやるから手を離せ」
タナトスは自分を捕らえている二人にそう言い、自由の身になると、腕組みをした。
「続けろ。それで、貴様は、何を思い出したと言うのだ?」

「うん……思い出したことってのは、こうだ……。
どんくらい昔のことになるのか、とにかく、ものすっごい大昔のことだ。
天界人……いや、その祖先だな、ヤツらがそれまで住んでた星が、消滅の危機にあるってことが分かってさ。
その星系の太陽はもう寿命で、爆発しそうになってて、それに巻き込まれそうになってる、みたいな感じで。
そこで、連中は、新しい星……移住先を探すことにして、何百、何千という“意ある宝石”……“瞳”を三個一組にして、あちこちに送り出した……。
そのうちの一組が、オレ達なのさ」

「何だと、それが、我ら……魔族が襲われた真の理由だというのか!
おのれの星が滅びかけたからといって、大量殺戮(さつりく)が許されるわけはないぞ!」
タナトスは眼を怒らせた。

「まったくさ。今も昔も、天界のヤツらって、自己中もいいトコ、大人しく初めの母星ごと消えちまやよかったのに、ってつくづく思うよ」
ダイアデムは悲しげに言い、絞り出すように続けた。
「……あとさ、“瞳”には、それぞれ役割があったんだけど……」
「役割だと? 単にスパイするだけではなく、か?」
「うん」
宝石の少年は、こっくりとうなずいた。

「“(めし)いた瞳”は、“推進力の石”……送り込まれる前に注入されたエネルギーを使って、目的地に移動するための石。
移住先の星へ到達した後は用済みで、機能を停止する。
だから、ずっと何の精霊も宿らずにいて、今は、オレの本体になっちまってるわけさ。
二番目の“黯黒の眸”は、“破壊の石”。
負の感情を吸収して溜め込み、目的の星にいる先住生物……特に高い知能を持つ生物を一掃するためのエネルギーを蓄える石」

そこまで言うと、ダイアデムは、誰の顔も見られなくなってしまって、うつむいた。
瞳の中の炎は揺らぎ、声にも力がない。
「……そして、オレ、“焔の眸”は“破滅の石”。
先住生物達の心を狂わせ、同士討ちを誘い、絶滅させるか、数を減らしとくための石……ついでに、それで流された血も、“黯黒の眸”と同じく、魔力として蓄えといて、生き残りをその力で滅ぼす……。
オレ達は、んな仕様で創られてたんだ」
それは、あまりに身勝手な話だった。