エピローグ/春
(……春だな……)
ケルベロスはつぶやいた。
時々
(こんなに強い日差しの中……しかも、あんなに高く上昇していったりして、お二人は、大丈夫なのだろうか……)
狼は、はらはらしながら主人達を見守るものの、二人の邪魔をする気にはなれない。
それに、彼らは高位の魔物、そんな心配をすること自体、
陽光を受けて銀の毛並みは輝き、踏みしだかれた足元の草は柔らかく、青臭い匂いを鼻孔に運ぶ。
目蓋の奥で、太陽の形をした紫や青緑の光が踊っていた。
陽だまりの中、体が芯まで暖まり、彼がうとうとし始めた時、遙か上空で、声がした。
「さあ、捕まえたぞ! もう放さないからね」
それは、館の主、サマエルの声だった。
「嫌だ、放……」
ダイアデムの声は、途中で途切れた。
それと同時に少年の靴が、ぽとん、ぽとんと、間を置いて落ちてくる。
何事かと思ったケルベロスは、急ぎ顔を上げ、主人達を捜した。
見つけた彼らは、眩い太陽を背景にして、固く抱き合っていた。
暴れたために靴が脱げたのだろうが、ダイアデムは、今はもう、抵抗してはいない。
彼は安堵し、礼儀正しく二人の姿から眼を
(──春だな……。
たしかにこんな
もはや、お館様に義理立てをする必要もあるまい。
我も再び、妻を
少し前から気になっていた、雌狼の匂いを思い出したケルベロスは、のそりと起き上がると、大きく伸びをした。
宝石の少年の靴を、魔法で拾い上げて玄関まで運び、きちんとそろえて置く。
それから、狼は駆け出し、山にようやく巡って来た遅い春の眩しい景色の中を、尾を振りながら群れの元へと帰っていった。