7.罪と罰(3)
「オレが恐くなったか? くっくっく……。
この姿は、オレが、自分の意志で殺したヤツの体を、まんま複製したもんなんだぜ」
ダイアデムは、わざと悪ぶっているみたいに笑い、自分の胸に手を当てた。
「え……?」
僕は驚いて、彼の顔と体を交互に見た。
「だが、それは仕方なかったことだろう?
そのお陰で、彼の弟妹は救われたのだし」
サマエル様が口を
「でもよ、お前の親父が、オレを使って人界を破壊し尽くしたんだぜ。
そんなヤローを魔界王に選んじまったのは、このオレ……ってことを考えりゃ、やっぱ責任があるだろ」
ダイアデムは、打って変わって沈んだ口調で、そう言った。
「ええっ、人界を破壊し尽くしたぁ!? けど、どうもなってな……」
びっくりして言いかけた僕は、途中で気づいた。
「──あ、それってもしかして、大昔のこと?
神の怒りに触れて滅びたって言われる、伝説の魔法都市があったよね。
ええっと、たしか……トリニティーとか言ったっけ……」
ダイアデムはうなずいた。
「うん、オレが壊しちまったのはそいつだ。マジ勘いいな、お前」
「……ふーん、てっきり、架空の物語だと思ってたけど、ホントにあったことだったんだねー。
おまけに、神様じゃなくて、キミが壊したの……?」
思わず、僕は、彼を指差した。
「そーゆうことだ。でもま、そんときゃオレはまだ、“王の杖”だったんだけどな」
「え? どういうこと?」
僕は首をかしげた。
「ああ、昔、オレの本体“焔の眸”は……こんなでっかい杖に、はめ込まれてて、“王の杖”って呼ばれてたんだ」
彼は、両手を大きく広げて見せた。
「……魔界の王権の象徴兼、王族の魔力を増幅する魔法具としてな。
そんでまあ、魔界とその
そして、戦争が終わる頃に、オレは“これ”を手に入れたってわけさ……」
ダイアデムは、悲しげに、自分の胸に手をやった。
「へえ、魔界と人界が戦争したんだ。
そういえば、シェミハザもそんなこと言ってたような……ねえ、ホントは何があったの? 詳しく聞かせて」
好奇心をかき立てられた僕がせがむと、サマエル様は、ほっとしたみたいに微笑んだ。
「話してあげるといい、ダイアデム。手短にね」
「そーだな」
うなずいて、彼は話し始めた。
「今から一万年以上も前、人界で栄華を誇ってたトリニティーの住人は、皆、魔法使いだった。
しかも、魔力も今の人族よか強くて、魔法のホウキや
「ふーん」
僕の頭の中に、たくさんの空飛ぶ絨毯やホウキが、巨大な都市の上空を、色とりどりの昆虫みたいに飛び回っている……そんな情景が浮かんで来た。
「その頃、魔界と人界は天界にバレないように、こっそり手を組んでたんだ。
神族は、大昔から卑怯な手ばっか使って、魔族を滅ぼそうと付け狙ってたから、オレ達は人族と同盟して、一緒に戦おうと思ってたのさ。
案外知られてねーけど、神族ってのは、実はとんでもねー食わせもんなんだぜ。
昔から、こっそり魔族や人族の女達をさらって、天界でガキ産ませようとしてたんだからな」
「へーっ、神族って、そんなことやってたの? 全然知らなかった……。
神様とか天使とかって、僕らを守ってくれてるもんだとばかり思ってたのに……」
「騙されているのだよ、人族はね。
たとえば、魔物にさらわられる姫君等の昔話は、実は神族の仕業だ。
ヤツらは、滅ぼし損なった私達を悪者に仕立て上げて、人族との分離を図り、裏で密かに人界を支配しようと目論んでいるのだよ」
サマエル様は、冷ややかな口調になった。
「え、人界を支配!?」
今まで信じていたことが嘘……どころか、真逆だったことに僕は驚いた。
「でも、じゃ、余計に人界を壊したら駄目なんじゃない。どうして……」
「そいつをこれから、話してやるトコだろーが」
ダイアデムは、うるさそうに髪をかき上げた。
「あ、ごめん、続けて」
謝る僕をじろりと見て、彼は話し続けた。
「……そんでな。
神族と対等に戦うためにゃ、人族の力が、魔族並みになるまで待たなきゃいけなかったのさ。
でも、あと三世代くらい……百年もあればオーケーになるはずで、それまでは共存共栄で行こうって、人界の王達とは話がついてた。
……なのに、だ。
いきなり王の一人が、一方的に協定を破って、オレ達に宣戦布告してきやがったんだ。
しかも、そいつは魔界から、“
しょうがねーから、オレ達は戦った……売られた喧嘩だしな。
でも、そこまでだったら、まだよかったんだけど。
やっとこさ捕まえたってのに、こいつ、石のありかを吐かなくてよ」
ダイアデムは、そこで一息ついて、また髪をかき上げた。
「“黯黒の眸”がないと、魔界を防御する結界が、すごく弱くなっちまうんだ。
オレ達は、いつ天界に攻撃されるかって、気が気じゃなかった。
苛々してた当時の魔界王ベルゼブルは、しまいにぶちキレて、オレを使い、人界をぶっ壊しちまった……ってのが事の真相さ」
「そっか……でも、嫌って言えなかったの?」
僕が訊くと、ダイアデムは、勢いよく手をバッテンに交差させた。
「バーカ、言えるわけねーだろ、王の命令は絶対なんだから。逆らえば壊されちまうんだぜ」
「責められるべきは、彼だけではない。
私も、その場にいたけれど、止められなかった……」
サマエル様はうなだれた。
「いーや、お前のせいじゃない、オレの責任だって」
悲しい顔で、ダイアデムは言ってから、僕に向き合い、ぺこっと頭を下げた。
「……ごめんな。
その後、お前ら……人族は、ほんのちょっとの生き残りが原始時代に逆戻りして、そっから、もういっぺん、文明を発達させてったんだ。
今さら謝っても、取り返しはつかねーけど……」
「謝らなくていいよ、キミのせいじゃないって、僕も思うもの。
でも、知らなかったなー、そんなことがあったなんて……。
で、その後、キミはその姿を……?」
僕が、もう一度彼を指差すと、ダイアデムは顔をしかめた。
「ご、ごめん、嫌なら……」
「……辛い話だからね。
そうだ、ダイアデム、彼女に記憶を直接、見せてあげてはどうかな」
サマエル様がまた、取り成すように言ってくれる。
「そーだな。そいつが手っ取り早いか。シュネ、手ぇ貸せ」
彼は僕の手を取り、おでこに当てた。
いきなり、大きな岩が、僕目がけて飛んで来た。
(──うわっ!)
思わず、僕は頭をかばい、声を上げそうになる。
あちこちで噴火が起きてて、逃げ惑う人々の上に、真っ赤に焼けた岩が降り注いでいるんだ。
どろどろの溶岩に、大勢の人が巻き込まれていく。
地鳴りと悲鳴が響き渡る。
船もあるけど、少な過ぎて、とてもじゃないけど、皆は乗れない。
そのうち、ものすごい地震がきて、陸だったところがあっという間に崩れた。
船に乗れずにいた人達は、海のど真ん中に投げ出されてしまう。
地獄絵図としか言いようがない光景だった。
でも、これは過去の出来事だ。
いくら酷いと思っても、実体のない僕は、ただふわふわと漂って、見ていることしか出来ない。
上空には、三人の人影が浮かんでいた。
一人は、ああ、サマエル様だ。でも、今よりかなり若いみたい。
後の二人は、一本の杖を取り合って、激しく言い争っていた。
その杖は、上の部分に、ダイアデムの眼みたいなでっかい宝石がついている。
多分これが、“王の杖”なんだろう。
そう思っていると、サマエル様が黒い翼を広げ、急降下し始めた。
傷だらけで、ふらふらなのに、どこへ行くんだろう。
「……
これでは、神族と同じではないか……私だけでも助けなければ、人族は滅んでしまう……」
彼のつぶやきが聞こえる。
そうか、皆を助けに行くところなんだ。
彼に続こうとした時、悲鳴みたいな心の声が聞えた。
“──誰か助けて! このままじゃ弟も妹も溺れじゃう!”
僕は振り向き、息を呑んだ。
逆巻く波に激しくもまれる板切れに、しがみつく三人の子供達、その中に、ダイアデムにそっくりな男の子がいる。
髪は僕みたいな赤毛、瞳は緑色で炎もない。でも、そばかすもあるし、顔つきは彼に瓜二つだった。
その少年は、弟達が溺れないように支え、海水を飲みながら、念話で必死に助けを求めていた。
そのとき、紅い輝きが、僕をかすめて降りていった。
“王の杖”だ。きっと、この声を聞いたんだろう。
やがて、シンハの声に似た重々しい念話が、僕の心にまで聞こえて来た。
“我は『王の杖』。汝の呼び声に惹かれて参った”
「きゃっ!」
「杖がしゃべった!?」
面食らう子供達に、杖は尋ねた。
“年長の童子よ、汝の名は”
「オ、オレ? ダイ。お前は、一体、何だ?」
“我は魔界の王権の象徴。なれど、この惨劇は、我が望みに
「魔界? 敵じゃねーか、あっち行け、敵に助けてもらうなん……ううっ!」
叫んだ少年は、急に痛そうな声を上げ、足に手をやった。
彼の両足は、膝から下が、引き千切られたようになくなっている。
その傷口からは、たくさんの血が、海に流れ出していた。
「くっそう! 魔力が残ってたら、お前なんかやっつけて、皆も助けられたのに……!」
ダイは、悔しげに拳を握り締めた。
“我を拒絶するか。なれど、弟妹は
「何っ!」
少年は杖を睨みつけた。
杖は、彼の態度を気にした様子もなく、話し続けた。
“ダイよ、選べ。
我及び汝が残りの魔力にて、汝一人を救い足を再生致すか、あるいは、汝の弟妹二人のみを、遠き安らかなる地まで運び癒すか……二つに一つだ。
我が魔力も、もはや残り少なきゆえ”
「どういう意味? お兄ちゃん」
難しい言い回しに、妹が首をかしげた。
ダイと同じ緑の瞳と、銀色の髪をしている。
残る弟は赤毛で、具合が悪いのか、板に頭を乗せたまま眼をつぶり、ぐったりしていた。
「お前は黙ってろ、イズムルート。
じゃあ、まずオレの足を治せ。そしたら後はオレが魔法で、皆……」
言いかけるダイを、杖はさえぎる。
“それは無理と申すもの。
足の再生には、我が、汝の残るすべての魔力を吸い取ることが必要不可欠。
なれど、その暁には、汝は魔法を二度と使えぬ身と相成ろうぞ”
「えっと、つまり……足を生やせば、魔法が使えなくなるってことか?」
“左様”
「……そんじゃあ、血だけでも止めてくれよ、弟とオレの。
それから、陸まで運んでくれりゃ、後は何とかなる」
“いいや、二人に治療を施せば、誰一人、陸へは運搬できぬ。全員、海の
逆に三人共運ぶならば、治療を施す力は一切残らぬ。
汝も弟も傷は深手、早晩、二人揃って
杖は重々しく宣言した。
「ええっ!」
子供達は凍りついた。