~紅龍の夢~

巻の五 THE MEMORY OF EMERALD ─緑柱石の記憶─

5.ワルプルギスの夜(6)

いくら考えてもさっぱり分からないから、もう諦めて戻ろうと思い、顔を上げたら……。
「あれ、いない。さっきまで、あそこにいたのに……?」
僕が考え事をしてるうちに、サマエル様達は、どこかへ行ってしまっていた。

「わ、まずいよ、こんなところで迷子なんて……」
焦って、きょろきょろしていたら、遠くで歓声が聞こえた。
そっちを見ると、いっぱい人だかりがしている。
あ、二人はきっとあそこだ。

僕はほっとし、そっちへ向かって駆け出した。
もう少しで二人のいる場所に着く、というとき。
「──フロイライン!」
「ご無事だったんですな!」
「お会いしたかったですぞ!」
甲高い声が聞こえてきた。

初め、自分に声が掛けられているとは思わなくて、僕はそのまま行こうとした。
「待って下され、フロイライン、わしらをお忘れか?」
「無視なんて、そんな殺生(せっしょう)な!」
「え、誰……?」
僕は足を止めた。
でも、辺りを見回しても、人垣のせいで、その声がどこから聞こえて来るのか、見当がつかない。

「こっちですじゃ」
「下、下!」
ローブを引っ張られ、目線を下げると、小人が二人、立っていた。
背丈は、僕のおへそくらい、髪も眼も真っ青で、肌まで薄い青色をしている。
「あ、僕を呼んだの、キミ達?」
彼らの背に合わせてかがみ込んだ途端、小人の一人が振り返り、叫んだ。
「──おおい、皆、フロイラインがおったぞ!」

次の瞬間、湧き出たみたいに、たくさんの青い小人達が現れた。
「わっ、な、何、キミ達……!?」
驚いて尻餅をついてしまった僕の周りを、彼らは取り囲んだ。
「フロイラインじゃ、やっぱり生きとった!」
「いくら探しても見つからず、わしら心配しとったんですぞ」
「この祭りでなら、会える気がしておったわい!」

「え? え? フロイラインって……あ、それ、ひょっとして、僕の名前!? 
キミ達、僕のこと知ってるんだね!?」
やっと、手がかりが見つかった!
そう思った僕が、身を乗り出すと、彼らは顔を見合わせた。
「……やはりまだ、記憶は戻ってはおられんのですな」

「え?」
「残念ながら、“フロイライン”は、名前ではないんじゃ」
「それはわしらの言葉で、“お嬢さん”といった意味ですじゃ」
「わしらと出会ったときには、もう、あんたさんには、記憶がなかったんじゃよ」
小人達は口々に言う。

「……そうだったんだ」
がっかりしたけど、僕は気を取り直して訊いてみた。
「でも、キミらと、どこで会ったんだろう? 僕、全然覚えてないんだけど」
「あんたさんは、落盤事故で行方不明になったんじゃ」
「もしかしたら、そのショックで、わしらのことも、忘れてしまったのかも知れんのぉ」
「そう……なのかな……」
もう一度、小人達の顔をじっくり見回してみたけど、全然見覚えがない。

僕は頭を振った。
「ごめん、やっぱ分かんないや。
あ……落盤事故ってことは、僕、鉱山……にいたのかな?」
すると、小人達は口々に答えた。
「そうじゃ。わしらの住処(すみか)ではない山じゃったが」
「地盤がもろく、住むには適さなんだ」
「そこに、いつの頃からか、悪い連中が住み着いての」
「密かに子供をさらってきては、無理矢理、鉱石を掘らせ始めたのじゃ」
「その中に、フロイラインもおった」

「えっ!? じゃあ僕、そいつらに、どっかからさらわれて……」
「そうじゃよ」
「どこに住んでいたのか尋ねてみたが、あんたさんはもう、覚えとらんと言っとった」
「そこではの、重労働と飢えとで、死んでしまう子供も多かったのじゃ」
「だが、またさらってくればよいと、そやつらはうそぶいておった」
「子供は、力があまりないが、逆らう力もないしのぉ」
「治安のいいファイディーを避け、船で外国から運ばれて来た子もおったが」

「……外国?」
そっか、僕も、別の国から連れて来られたのかも……。
それじゃ、いくらファイディー国の憲兵所で調べても、身元が分からないはずだよね……。
僕は、ぎゅっと唇を噛み締めた。

うつむいてしまった僕を慰めるように、小人の一人が話を続ける。
「そんな劣悪な環境じゃったが、あんたさんは重宝がられて、比較的大事にされておったんじゃよ。
わしらを召喚する力を持っておったゆえにな」
「え、キミ達を……?」
驚いた。僕は学院で習う前に、もう召喚術が使えてたんだ。
じゃあ、やっぱり、学院でちゃんと使えなかったのは、ネスター先生のせいだったのかな。

「そう、あんたさんの呼び声は……何と言うか、特殊でな」
「あれを聞いてしまった者は、否応なく呼び寄せられてしまうのじゃ」
「左様、わしらも初めは戸惑ったが、フロイラインの声をどうしても無視出来ず、姿を現してしもうた」
「悪者どもは、大喜びで、わしらを捕らえようとしおったがな」
「あのように、図体ばかりでかい間抜けに、捕まるわけがないわ」

小人達は皆そっくりに見えるし、次々話し掛けて来るので、僕は段々どこを向いていいか分からなくなってきた。
仕方がないので、僕は正面にいる小人に訊いた。
「僕の声って、そんなに変わってるの?」

彼は、ちょっと困ったように、額に手を当てた。
「うーむ……上手く言えんが、フロイラインの声は大層変わっておってな……。
誰が呼んでいるのか、何ゆえ呼ぶのか、どうしても確かめずにはおられんようになってしまうのじゃ……」
周りの小人達も、うんうんとうなずいている。

「ふーん、そっか。僕、サイクロプスを召喚したことあるしなぁ」
僕が言うと、小人達はどよめいた。
「おお、魔界よりキュクロプスを召喚したとな!」
「わしは聞いたぞ、フロイラインはサマエル殿下のお弟子になっておられるのじゃろ?」
「なに、殿下のお弟子じゃと!?」
「納得した!」
「素晴らしいことじゃ!」
小人達が一斉に拍手をする。
僕らの周囲にいた魔族達が、びっくりしたように振り向いた。

僕は、顔が熱くなるのを感じて、手を振り回した。
「や、やめてよ、ご、強引に押しかけて、弟子にしてもらっただけなんだから。
で、でも、どうして悪者は、キ、キミらも捕まえようとしたの?
は、働かせる気、だったのかな?」
「労働力と言うよりも、鉱物の位置を知りたかったのじゃろ」
「わしらは地の精コボルト、どこにどんな鉱物が埋まっておるか、すべて知ることができるゆえな」
小人達は胸を張った。

「山は、すべて我が家、我が庭も同然」
「それゆえ、我らは捕らえられる心配はなかったのじゃが……」
「フロイラインが気の毒でのぉ」
「悪い連中の命令に従うのは、気が重かったが」
「わしらが行かねば、あんたさんが、連中にぶたれてしまうでの」
「やつらのことを憲兵に知らせたりすれば、フロイラインを殺すと脅されてもおったし……」

「そうだったの、ありがとうね……」
頭を下げた僕に向かって、小人達は口々に言った。
「なんのなんの」
「顔を上げて下され、フロイライン」
「わしら、フロイラインと一緒にいられて、楽しかったんですわい」
「あんたさんが死んだような気はせんかった、きっと生きていると思っていましたじゃ」
「さよさよ、石達も、フロイラインの遺体はどこにも埋まっておらんと言っておったでな」

「そう……あ、でも、その鉱山はどうなったの?
さ、さらわれて来た子達は、まだそこに……!?」
僕は気の毒な子供達のことが、急に心配になってきた。

「いやいや、安心なされ」
「大丈夫じゃよ」
「落盤の後、あんたさんが行方不明になってすぐ、わしらが憲兵に知らせたわい」
「悪者どもは捕まり、子供達も全員解放され、故郷に送り返されたじゃでな」
「そっか、よかった……」
彼らの言葉に、僕は胸をなで下ろしたけど、その子達がちょっぴりうらやましかった。
自分の家に、ちゃんと帰れたんだから……。

その後も、コボルト達に色々聞いてみたけど、僕の過去についてはそれ以上分からなかったし、もちろん、記憶も戻らなかった。
……あーあ。
なんか、ちょっと進展したと思うたびに、すぐ行き詰まっちゃうなぁ……。

名残惜しげな小人達には、ワルプルギス山に遊びにおいでと、山に入るときの注意を話して聞かせ、僕は再び、岩陰に戻った。
でも、この周辺もいつの間にか人が多くなっていて、考え事ができる雰囲気じゃない。
思い出せない僕の過去……でも、いくら考えたって、どうしようもないような気もして来た。

それよか、“ワルプルギスの夜”を見た人間なんて、僕とリオン以外にはいないんだろうし、今はお祭りを楽しむことにしようと思い、僕は今度こそ、サマエル様達を探しに出かけた。

ようやく、二人を見つけて合流したら、サマエル様は心配そうな顔をした。
「大丈夫かい、シュネ。具合が悪いなら、山に帰って休んだ方が……」
「いえ、もう全然平気ですから。
それより今、そこでコボルト達に会って……」
僕は彼に、小人達のことを話した。

「……というわけで、記憶は戻らなかったんですけど、一歩前進したって言うか。
後で、その鉱山に行ってみようかなって、思ってるんですけど」
「そうか。思い出せなかったのは残念だが、そうやって積み重ねていくうちに、徐々に記憶が戻って来るかも知れないね」
サマエル様は、にっこりした。

“たしかにそういう場合、あまり思い詰めない方が、いい結果を生むかもしれませんよ。
焦らず、気長に”
天使は念話で言った。
彼は、サマエル様と普通に話していると、生意気だと怒る魔族がいるから、一歩下がって、心で会話してたんだって。
やっぱり、天使と悪魔って、ものすごく仲が悪いんだなぁ。

でも、それとは対照的に、魔族の僕に対する反応は、さっきまでよりかなり好意的になっている。
なぜか、皆、サマエル様だけじゃなく、僕にまでお辞儀をしたり、花や食べ物や飲み物を手渡してくれるようになったんだ。

「シュネ様、お花をどうぞ」
「お飲み物を……」
「お口に合いますかどうか……」
……などなど。

どうしたんだろう。さっき河童をやっつけたせいかな?
でも、なんか違う気もする。
ヴェパルの言ったことと、関係があるのかなぁ?

そんなことを考えているうちに、僕の両手には、色んなものが押し付けられて、山のようになってしまった。
「わ、ど、どうしよう、これ……」
困っていると、サマエル様が彼らに向かって言ってくれた。
「皆の気持ちはありがたいが、シュネはそんなに食べられないし、持てないよ。
人間に害のない花を、道に()くだけにしてほしいね」

「きゃっ!?」
その言葉が終わるか終わらないうちに、いきなり、ものすごい量の花が、どっと湧き出て来た。
周りにいた魔族達が全員、一斉に魔法で花を出したのかもしれない。
キレイはキレイだったけど、匂いがきつくて息が苦しい上に、僕は体が半分埋まる感じになって、歩くどころか身動きもとれないし、大変なことになってしまった。

「……限度を考えて欲しいな、頼むから」
サマエル様は、ため息交じりにぱちんと指を鳴らし、花を分散させて振り撒いた。
色とりどりの雪みたいに、花びらが空から舞い降りてくる。
お陰で、砂漠は色とりどりの花に覆われて、いい匂いに包まれることになり、また魔族達は歓声を上げた。