~紅龍の夢~

巻の五 THE MEMORY OF EMERALD ─緑柱石の記憶─

2.単眼の巨人(2)

光が消えるのと同時に、結界も完全に消滅した。
そして、よく通る声が、僕に呼びかけてきた。
「遅くなってご免ね、シュネ。ぼくだよ、分かる? 大丈夫かい?」
でも、とっさには、誰だか分からない。

目の前の笑顔は……リオン……でも、どこか変だ、違和感がある。
前会ったときとは、どっか違ってるような気がする……けど、どこだろう。

「キミがピンチだって、セエレが連絡くれたんだけど、さすがは魔法学院長、結界も結構強力で、破るのにちょっとばかり手間取っちゃってね。
でも、間に合っただろ」
リオンは、手を差し出し、ぽかんとしてる僕を助け起こしてくれた。
「あ、ありがと……」

それから、彼は巨人を見上げた。
「サイクロプス、ぼくが分かるね?
もう、魔界へ還っていいよ。ぼくが責任持って、シュネを護るから。ね?」
すると、サイクロプスは、とても優しい顔になってうなずき、煙の中に消えて行った。

「……よかった。けど、リオンさんは彼のこと、知ってるんですか?」
これ以上傷つく前に帰ってくれて、僕はマジに、ほっとした。
「リオンでいいよ。彼とは、サマエルに連れてってもらった先で、会ったことがあるんだ」
「そうですか。でも、ケガ、大丈夫かな……」
「彼は強いし、魔界に戻ればすぐに治るさ。
──さてと、あとはこっちだな」
リオンはネスター学院長に向き直った。

「キミは何者だ? ……賢者サマエルと関係があるような口ぶりだが」
学院長は杖を構え、彼を見据えた。
リオンは、胸を張って答えた。
「ぼくは、サマエルの親戚筋に当たる、リオン・アラディアっていう者です。
けど……困りますねぇ、意味もなく魔力を封じるなんて。
自分の手に負えないと思ったんなら、サマエルに相談すればよかったのに。
シュネは、とても悩んでたんですよ、可哀想に」

そうだよ、リオンの言う通り、賢者サマエルに頼めばよかったんだ。
学院長は、彼に会ったことがあるんだし、女王様にお願いすれば、連絡も取れたはず。
そしたら、僕の記憶も魔力も、賢者が何とかしてくれたかも知れないのに。
……なぜ、そうしなかったんだろう?

「シュネはわたしの養い子だ。
キミがどんな立場だろうと、人の家庭内のことに口を挟んでもらいたくないな」
不機嫌な顔で、学院長は言う。
「正式な養子にはしてないんでしょう、セエレから聞いてますよ。
あなたは、人界一の魔法使いと言われてる……。
その自分に制御出来ない魔力に、恐れをなしたんですか?」
「想像で勝手なことを言うな、キミには関係がないだろう!」
ネスター学院長に怒鳴りつけられても、リオンは毅然(きぜん)とした態度を崩さなかった。

「ぼくにはなくても、シュネにはあります。
人の将来に関わることなんですよ、セエレの二の舞を踏むおつもりですか?
彼は、サマエルのお陰で救われたけど、シュネはもう少しで……。
説明して下さい、なぜこんなことを?」
「それは……言えない」
学院長は眼を伏せた。
「なぜ?」

「どうして言えないのさ!」
思わず、僕が大きな声を出すと、学院長は、何とも言えない表情をした。
「シュネ、お前は知らない方がいい」
「それじゃ説明になってない!
いいよ、あんたが答えないんなら、サマエルに会って聞くから!」
僕は怒鳴った。

「よせ、シュネ……」
「──トニトルス!」
「うわっ!」
僕に近寄ろうとした学院長は、リオンが放った魔法で跳ね飛ばされて、床に尻もちをつく。

すると、それまで石像みたいに固まっていたベタク先生が、急に動いて、彼に取りすがった。
「や、やっと解けた! 大丈夫ですか、学院長!
いつの間にか、拘束(こうそく)術をかけられていて……」

リオンは、結界を解くと同時に、金縛りの術をベタク先生にかけてたらしい。素早いな。
でも、そんなのどうでもいい。
僕は、これ以上、養父だった人の顔なんか、見ていたくもなかった。

「リオン、お願い、ここから連れ出して! 僕もう、ここにいたくないよ!」
「そうした方がよさそうだね。これ以上話しても(らち)が明かないようだし。
では、ネスター魔法学院長、シュネは、ぼくが預かりますよ。
このことは、ライラ……女王陛下にも報告させてもらいますから」

「そ、それはいけない!
ともかくシュネ、落ち着いて話そう、一旦、部屋に戻りなさい」
「そしたら、封じるのをやめてくれるの?」
一縷(いちる)の望みを賭けて訊ねたけど、僕の元・養父は否定の身振りをした。
「いや、残念だが」

「理由は話せない、けど、戻って大人しく封じられろって?
それで、誰が、『はい』なんて言うんだよ!?
もういい、リオン、連れてって! 早く!」
「待て、やめろ、シュネ、戻りなさい!」
学院長の命令を無視して、リオンは呪文を唱えた。

一瞬のち、僕らは、こぢんまりとした部屋の中にいた。
質素だけど、普通の家よりも天井は高いし、安っぽくはない造り。
家具なんかも、派手さはないけど、何となく高級品みたいな感じがした。
「ここはぼくの部屋さ。アロンのね」
リオンが言った。
「えっ、もう、王都まで来たの……!?」

すごい、たった一回、呪文を唱えただけで、馬車で三時間以上かかる距離を移動できるなんて。
そういや、さっきも、人界一の魔法使いって言われてるネスター学院長が張った結界を破って、僕を救い出してくれたんだっけ。

「リオンさん、助けてくれて、ホントありがとうございました。
さっき、スクライ先輩に、結界を破れないって言われたときには、もうマジ、目の前が真っ暗になっちゃったんです」
僕は改めて言い、お辞儀をした。

彼は、照れたように頭をかいた。
「いや、リオンでいいってば。敬語もよしてくれよ。ともかく、間に合ってよかった。
さすがに、学院長の結界は、セエレじゃ無理さ。
あ、彼には、無事助け出せたから心配いらないって言っといたから」
彼は、護符なしに念話も送れるらしい。

立て続けに強い力を見せられて、僕は心底、感心した。
「じゃあ、敬語はよすね。
キミ、サマエルの親戚だったんだー、道理ですごい力だと思ったよ」
リオンは肩をすくめた。
「ぼくとサマエルは、ホントーに遠い親戚で、血のつながりなんて、ほとんどないんだけどね。
でも、彼は、会えてうれしいって言ってくれて、今じゃ、お父さんみたいなもんさ。
ぼくの親は、とっくに死んじゃったから」

「え、キミも親がいないの?」
「ああ、セエレもそうだっけ。ぼくら三人、境遇が似てるねぇ。
──ん? どうしたんだい?」
そのとき僕は、穴の開くほどリオンの顔を見詰めていた。
ようやく、さっきから彼に感じていた違和感の正体が分かったんだ。

まず、彼の身長が、ものすごく伸びてる。
前に会ったときは目線が同じだったのに、今は見上げないといけない。
それに、顔つきもすっかり大人になって、二十五、六歳くらいに見える。
たった一月で、こんなに変わるのかな?

「あ、あの……キミ、ホントーに、リオン?」
おずおずと、僕は訊いてみた。
「──は?」
彼は、きょとんとした顔になった。

「だって、前よりすごく背が高いし、顔も大人っぽいよ。
……ひょっとして、彼のお兄さんかなんかじゃないの?」
「ああ、そっか」
リオンは、ぽんと手を打った。

「キミにはまだ、教えてなかったっけね。実は、これがぼくの本当の姿なんだ。
でも、魔力が強過ぎて……まあ、だから、いつもは子供でいるわけさ」
「ええっ?」
驚くぼくをしり目に、彼は話を続ける。
「ネスターの強力な結界は、力を抑えてる状態じゃうまく破れなくてね。
真の姿に戻る必要があったんだよ」

……魔力が強過ぎるから、子供でいる?
そんな話、初めて聞いた。
マジにびっくりだけど、本当のことだ。今、自分の目の前に、その本人がいるんだから。

「へー、そうなんだ……あ、ご免なさい」
思わず彼の全身を、じろじろ見てしまってから、僕は謝った。
「いや、ま、たしかに珍しいよね」 
彼が軽く肩をすくめたそのとき、もっと驚くことが起きた。
「リオン、戻ったの?」
ノックの音がして、ドアが開き、とっても豪華なドレスを着た銀髪の美人が部屋に入って来たんだ。

「あ、ライラ。この子がシュネだよ。今、助け出してきたトコ」
「まあ、大変だったわねぇ、シュネ。
でも、もう大丈夫よ、何も心配いらないわ、お城の中にいれば」
美女は、僕を安心させるように微笑みかけた。

「え、お城……って?
あ、あの、リオン、この人は……?」
僕は、どぎまぎしながら訊いた。
「あ、そうそう、これも言ってなかったねぇ。
彼女は、ライラ……この国の女王だよ、そしてここは、ファイディー城の中にあるぼくの部屋さ。
つまり、ぼくは彼女と……一緒に住んでるんだ」

「えええっ!?」
そう叫んだきり、僕はあんぐりと口を開けたまま、しばらく声が出なかった。
「驚かせてしまってご免なさい。ライラよ、よろしくね」
女王様が手を差し出す。
すごく綺麗な人だなあ。
たしか、三十歳を超えてるはずだけど、僕と大して変わりないように見える。

「い、いえ、あの、シュネです、女王様、その、初めまして……」
偉い人にあいさつなんてしたことない僕は、もごもご言って手を握り返し、深々と頭を下げるので精一杯だった。
「そんなに硬くならないで。ネスターには、わたしからも訊いておくわ、今回のことは」
「は、はい、お願い、します……」
びっくりしたけど、とにかくよかった。
女王様が味方なら、学院長も僕にはもう、勝手なこと出来ないよね。

「ところで、キミ、サマエルの屋敷には、まだ行く気あるかい?」
ほっとした僕に、リオンが訊いてきた。
「え、うん、行きたい、けど。まさか、駄目?」
「そんなことはないよ。
ただ、ネスターが、あんなに……キミの力を封じることにこだわってたのが気になってさ」

「それは、僕だって……。
けど、記憶のことは置いといても、賢者にはやっぱり会いたいし、弟子にしてもらえたらっても思うし」
「うん、そうだね。
大丈夫、キミなら必ず試練を乗り越えられるだろうし、彼に気に入られる可能性も高いと思うよ。頑張って」
リオンはにっこりした。

「ありがとう……あ、あれ? な、なんか、やば……」
「シュネ?」
とっさに、リオンが支えてくれたけど、体がふらつき、立っていられない。
安心した途端、ものすごい眠気が襲って来たんだ。
まぶたが重くて、眼を開けていられない。
「どうしたの? シュネ、大丈夫?」
女王様も心配そうに聞いてくる。

「す、すみませ……眠い、だけです……。
さっき、サイクロプスを召喚して……僕、ショック受けて……だから、眠り薬を……。
でも、寝てるどころじゃ、なくなって……。
そ、その薬が、今頃になって……効いて来た、みたいで……」
僕は薄目を開けて、何とか二人に説明した。

「そう。それに、今日は大変だったものね、疲れもあるんでしょう。少し眠るといいわ」
女王様が言ってくれた。
「……ありがとう、ございます……」
答えながら、僕は眠りに落ちていった。