~紅龍の夢~

巻の四 THE RED DRAGON'S SEAL ─紅龍の封印─

11.末期(まつご)の刻(4)

そこでライラは、思い切って聞いてみた。
“それでは、あなたは?”
“? オレがどうしたって?”
“だから、あなたの気持ちよ。サマエル様のこと、どう思っているの?
本当のところは、とても好きなのでしょう、彼のことが”

いきなり正攻法で来られて、ダイアデムは息を呑んだ。
“え……す、好きって……そ、そう見えるのか?……”
“ええ、誰が見ても、そう見えるわ。リオンもそう言ってるわよ”
ライラはきっぱり言い切った。

“ちぇぇっ、バーレバレってヤツかぁ~~!
あはは、しょうがねーな、こーなったら言っちまうけど、たしかに、オレはサマエルが好きだよ。
けど、恋愛感情とは違うから、あいつが誰を好きだって、オレは全然気にしねーさ”

“えっ……”
意地を張って否定すると思っていたのに、ダイアデムはあっけらかんと認めてしまい、ライラは驚いた。
“でも……でも、あなたは女性にもなれるのだし、わたしには、あなたのも『恋』のように思えるけれど……”

ダイアデムは首をかしげた。
“……『恋』? ……う~ん。
やっぱ違うと思うぜ。オレだけじゃなく、フェレスのもな。
あいつの場合、サマエルが生みの親だから好きなんだろし、逆にシンハのは、保護者としてサマエルを心配してんだしよ。
それにオレ、どーせ恋するんなら、やっぱ女のコ相手がいいな。
美人で、気が強くて、ポンポンものを言うけど、ホントは優しいコ……。
あ、これってイナンナの性格だなぁ……”

“イナンナって、そういう人だったの?”
“そう。彼女にゃ、一度、思いっきり引っぱたかれちまったことがあってよ”
先祖と自分が同じことをしたと聞いて、ライラは少し不思議な気持ちになった。
“まあ……。でも、どうして?”

“冷たくて乱暴で短気で自分勝手な、タナトスのどこがいいんだか、オレにゃ全然分かんなかったから、つい、『タナトスの妃になれば、食い物でも服でも宝石でも、な~んでも手に入って、毎日酒池肉林できるもんな』って言っちまったんだ。
そしたら、バチーン、さ“
“……あら。でも、それは、あなたがいけないわね”

“うん、分かってる。彼女は言ってたよ。
タナトスを好きな理由は、魔界の王子様だからじゃないって。
あいつがたとえ、人界の普通の人間でも、自分の気持ちに変わりはないんだって……。
どう頑張っても、タナトスの妃にゃ絶対なれっこないって教えても、『やってみなければ分からないわ』って言うんだ。
オレ、彼女が、キミのご先祖の王様と結婚することも予知してた。
けど……オレも、ダメもとでやってみよう、って思うようになってった……だって、イナンナだったら、オレの本体が宝石でも、ンなコト関係なく『好き』って言ってくれそうな気がしたから……。
見込みがねーのは分かっちゃいても、好きって気持ちは、簡単にゃ消せねーんだよな。
……そう思わねーか、ライラ?”
ダイアデムは、しんみりと言った。

彼はまだ、イナンナのことを想っているようだった。
“焔の眸”といい、魔族の王子といい、魔界の住人達はもしかしたら、人界に住む人族よりも、遥かに情が深いのかも知れない。
彼女がそう考えていたとき、ダイアデムがぽつりと言った。
“……身分の問題”
“──え? 何て言ったの? 今”
ライラは聞き返した。

“身分の問題、さ。
百歩譲って、サマエルと……ンなコトになったって、あいつとオレとじゃ、格……っていうか、身分が違い過ぎるんだよ”
“でも、あなただって、かなり地位は高いと言っていたでしょう?”

“そりゃあ、低い方じゃねーけどさ、魔族の歴史はかなり長いから、その分、めんどいんだ。
そん中でも、特にオレの立場は、複雑っていうか、微妙でさ……。王位の象徴であり、魔界王のしもべ……。
大事にされてると言やぁ聞こえはいいけど、がんじがらめで自由もないし、今、こうして人界にいるってーこと自体が、特例中の特例……。
そう前に言ったよな?”

“ええ……”
“その上、魔界の王権の象徴のオレと、王位継承権を失い、追放同然の身のサマエル……本来なら、オレ達は、気安く口利く事だって許されねーんだ……”
“……それほど厳しいものなの”

“ああ、まあな……。
ガキの頃、あいつと暮らしてたっても、誰にも内緒だったから、一緒にいられたのは、晩飯の後、サマエルが眠っちまうまでの、ほんのちょびっとだけで、あいつがぐっすり眠っちまうと、シンハは、こっそりと宝物庫に還ったもんだったのさ……。
サマエルは、いっつも、朝まで一緒にいてってひっついて来たけど、一度もいてやれなかった……。
誰かに見つかったら、オレらは引き離されて、二度と会えなくなるからって、なだめすかしてよ。
あいつの父親のベルゼブルに、許可をもらやあよかったんだろーけど、昔がやっちまった悪事がバレそうで、恐くて言えなかったんだ……。
ホントは、言ってやりたかったんだけどな、サマエルがすんごく追い詰められてて、生きる気力もなくしかけてるって……。
でも、出来なかった……卑怯者だったんだ、色んなものから、いっつも逃げてばっかりいた……”

“卑怯だなんて、そんな……”
“ホントのことなんだから、仕方ねーよ。でも、オレはもう絶対、逃げたりしねーぜ。
だから、それはもう、いいんだ”
ダイアデムは吹っ切るように言った。

“そうね、わたしも、逃げていたところがあったかも知れないわ……。
アンドラスのこと、もっとよく見てあげていれば、あんな風にならずに済んだかも知れないもの……”
“けど、そりゃキミのせいじゃねーだろ。他人に頼って強くなろうなんざ、甘過ぎらぁ。
ま、あいつを殺したオレが、偉そーに言えた義理じゃねーけど”

何と答えていいか分からず、黙ってしまったライラに、畳み掛けるようにダイアデムは言った。
“だからさ。オレらをくっ付けたがってるキミには悪いけど、サマエルがいくらお人好しだって、心の底からオレのこと許すのは無理だろし、身分の差ってもんもある。
その上、オレは人界にはいられねーし、サマエルは魔界に戻れねーときてる。
どう転んだって、どうにもなりようがねーんだよ、オレ達は……。
魔界のことを何も知らなくても、キミも人間の王族なんだ、その辺の……王やら貴族やらの複雑な事情ってヤツは、少しは分かっだろ……”

せっかく明るくなりかけた彼の心の声が、どんどん沈んでいく。
慌ててライラは謝った。
“ご、ご免なさい、余計なことを言って。わたし、自分が恥ずかしい。
あなた方を見ていると、いかにわたしが自己中心的で、心が狭いかを思い知らされるわ……”

“あ、いや、ンなコトねーよ。
キミは、キレイなだけじゃなくて、同じ年頃のフツーの女の子よりか、ずっとしっかりしてるぜ。
サマエルが惹かれるのも、無理ねーさ。
意地悪言ってご免な、仲直りしてくれるかい?”
“ええ、もちろんよ。わたしの方こそ悪かったわ、仲直りしましょう。これからもよろしくね”
“うん。じゃ、これで終わり。あ、それから、今の話、皆には内緒にしとこうぜ”
“ええ、わたしも、その方がいいと思うわ”

思念での会話を打ち切って、ライラは顔を上げ、優しく背中をさすってくれていたリオンに、声を掛けた。
「もういいわ、ありがとう、リオン」
「大丈夫? ……」
心配そうに顔を覗き込んで来る彼に、王女は微笑みを返した。
「ええ、もう落ち着いたから。
ダイアデムに叱られてしまったわ、お礼の代わりにあんなこと言うなんて、ひどいって。
でも、許してくれたから、ほっとしたの」

リオンは、にこりとした。
「そう、よかったね。でも、見かけによらずしつこいんだな、あいつ。ちゃんと謝ったのに」
「わたしが悪いのだし、仕方ないわ」
(でも、ダイアデムの言う通りね。
サマエル様といるときより、リオンといる方が、心が安らぐのを感じるもの。
あの方の心には、わたしが入り込めない闇がある……その闇に、弱い者は飲み込まれてしまう……そう……サマエル様の相手は、わたしではダメなのだわ……)
リオンの澄んだ栗色の瞳を見つめながら、王女はそう思っていた。

「気は済んだのかい?」
突然、穏やかな声が頭上から落ちてきた。
ぎょっとしてダイアデムが見上げると、魔法陣を描き終えた第二王子が、そこにいた。
「な、なんだ、お前か、サマエル。びっくりしたぜ……ったく、おどかすなよぉ……。
あ、ま……まさか、聞いてたのか? 今の……」

「いいや。次元回廊を開くのに集中していたから、プライバシーの侵害はしていないよ。
ただ、推測しただけさ、プライドの高いお前のことだ、言われっぱなしでいることはないだろうとね」
「……怒らねーのか?」
恐る恐る、少年は尋ねてみた。
「怒る? どうして?」

「だってよぉ、オレ、ライラを泣かしちまったんだぜ……。
また、ぶつの……か? そりゃ、ぶたれても、仕方ねーけど……さ」
ダイアデムは、おずおずと王子を見上げる。紅い瞳の中の炎が、切なげに揺れた。
しかし、彼を見下ろすサマエルの眼差しは、春の陽だまりのように優しく、口調も穏やかだった。

「すまない。もう二度と、あんなことはしないと約束するよ。
タナトスはなぜ、ああも無造作に人を殴ったりできるのだろうね。
私は、自分が殴られるより、辛い気がするのに……。
女性に手を上げてしまったのは、初めてだ……。
たしかに()められた行為ではないが、何も知らなかったとはいっても、せっかくのお前の好意を踏みにじるような言い方はひどすぎるように思えて、つい、手が出てしまった……。
私も焼きが回ったかな、この頃、持前の冷静さを失いつつあるような気がして来たよ。
我ながら情けないね……」
サマエルは、どうしようもないと言いたげに、首を振った。

彼が自分を殴る気はないと知った途端、ダイアデムは気分が軽くなった。
「しっかたねーよ、ぐっすり寝てたところをいきなりたたき起こされてさ、立て続けに起きるめんどいことぜ~んぶ的確に処理しろ、なんて。
お前だからこそ、今まで冷静にできたんだ、フツーのヤツなら、とっくにキレてたトコだろ」

「お前にそう言ってもらえると、少しは気が休まるが……」
「いいじゃねーか、ンな細かいコト、いちいち気にすんな。
でも、ライラと何を話したかは、聞かないでくれよ。
彼女も言わねーだろうし、知らねー方がいい時もあるのは、お前にゃよく分かるだろ……」
「ああ……そうだな」

「ンなコトよりか、タナトスはまだかよ? こーゆー大事なときに限って、ぐずぐずしやがって!
他のヤツがちょっとでも遅れると、いつも散々ブツクサ、文句言うくせにさ!」
ダイアデムがそう言った時、サマエルが砂漠に描いた魔法陣が(まばゆ)い光を放った。