─エピローグ/星の墓─
ある晩、花畑が一望出来る小高い丘で、サマエルは、夜空を見上げていた。
魔界とはまったく異なる星座を、独り切りで。
(……人界では、人が死ぬと、星になると信じられている……とすれば、彼女も、あの中の、どれか一つになったのだろうか……?)
彼は、妻との最期の
「ごめん、なさい……サマ、エル……。
あ、たし……もう……一緒に、いられ、ない、わ……み、んな、が……呼んで、る……の……」
うわごとのようにジルは言った。
「ああ、ジル、
もう、子供達はいない、孫達、ひ孫達ですら、すでに墓の中だ……」
サマエルは、徐々に薄れていく妻の気を、つなぎ止めようとするかのように、やせ衰えた細い手を、ぎゅっと握った。
最初の子供が生まれてから、すでに二百年が経っていた。
ジルの容姿自体は、三十代と変わらずにいたものの、体はさすがに弱り、最近では、食事もほとんど摂れずに、眠ってばかりいるようになっていた。
苦しい息の下、さらにジルは続けた。
「いい、え……あなたは……独りには、ならない……決して……。
だから……悲し、まない、で……。あたし……いつも、あなたを、見てるわ……。
でも……もっと、あなたに……ふさわしい人に、必ず……逢える、から……」
「何を言うのだ、気をしっかり持ってくれ!
キミ以外に、妻はいない!」
サマエルは、ジルの手を頬にこすりつける。
「いいえ……あたし、
その言葉に、サマエルは思わずぎくりとする。
「ま、まさか、夢飛行を?」
彼女はかすかにうなずいた。
「え、え。でも……過去、は……見て、ないわ……約、束、だから……あたし、未来を……。
あなたは……新しい……家族を、持つ、のよ……。
幸せに……なれる、わ……あ、たしと……いたとき、よりも……」
「そんな、キミなしで幸せになるなど、あり得ない!」
「さよ、なら……サ、マ……エル……ごめん、なさ……」
妻の手から力が抜けた。
同時に、ころりと指輪が彼の掌に落ちて来る。
「……ジル、ジル? ああ、ジル!
──ジル───っ!!」
引き裂かれるような思いで、妻の体にすがりつき、サマエルは絶叫する。
だが、涙を流すことは、やはり出来ないのだった。
思い出すと、胸が、まだきりきりと痛む。
サマエルは深く息をつくと、視線を天から地上へと転じた。
そのまま、彼は微動だにせず、月明りに浮かび上がる妻の墓を、ただひたすら見つめていた。
やがて、月は西に沈んだ。
それでも、清々しい
彼は、消えゆく闇に溶け込むようにして、屋敷へと戻った。
「──カンジュア!」
黒檀の宝石箱を呼び出し、小さな金の鍵でふたを開ける。
母が遺したこの中には、やはり母の形見で、今は妻の遺品ともなったサファイアの指輪が一つ、ぽつんと入れてあった。
「……キミ以外の、妻を持つなど……」
サマエルは、そうつぶやき、指輪に一度口づけてからしまい込むと、宝石箱を大事そうに抱えて地下室へ向かう。
……もう、何も見たくなかった。感じたくなかった。
決して日の差すことのない鍾乳洞の奥で、彼は永い眠りについた。
人界の星座、魔界の星座、それらが共に少しずつ、形を変えていくことも知らず、彼は眠り続ける。
二度と目覚める日が来ないことを願って。