1.陰謀への招待(4)
『……
『一応の進展は見ておりまするぞ、アルファ殿。
それゆえ、報告を兼ねて、今ここに、我らが
一条の光さえも差さぬ真の暗闇の中、いんいんと声だけが響く。
タナトス達四人が、魔界王の書斎で談笑していたその同時刻、魔力によって創り出された亜空間にて、密談が取り交わされていた。
『もはや、同様の失敗は許されませぬぞ、我らには時間がございませぬ。
幾たびにも渡り、しくじりが打ち続いておりますゆえ……』
姿は見えず、真剣な響きを帯びた声だけが、亜空間に流れてゆく。
『分かっておるわ、ガンマ。
さればこそ、あの者を、こたびの計画に引き入れたのだ。
我らの行動は、否応なく制約されておるゆえな』
ベータが、くぐもった声で答えた、その時。
不意に、ぐにゃりと空間が引き
『ふっふふふ……大層、お困りのようだな?
それほどに急ぐのであれば、当然、値段の方も、ちと張ることになるが……』
直後、ふくみ笑いが響き、闇中の三人はぎくっと身を固めた。
『だっ、誰だっ!?』
『何奴!?』
『どうしてここが!?』
『落ち着け。騒ぐな。分からないのか、俺だ、デルタだ』
聞き覚えのある声が耳に届くと、陰謀家達は、揃って
『
ガンマが眉をしかめる。
『あ、悪趣味な。寿命が縮まったわ!』
『……まったく。心臓に悪い……』
アルファは、震える手で額の汗をぬぐい、ベータはゆるゆると胸を押さえた。
『何をびくついていることやら。
ここに入って来られるのは、この空間の座標を知っており、かつまた、特定の精神波を持つ者のみと承知しているだろうに』
誰にも見えはしなかったが、デルタと呼ばれた魔族の唇には、冷ややかな笑みが浮かんでいた。
『そこまで申さずともよいではないか』
『左様、慎重に過ぎると言うことはあるまい』
ガンマとベータの不満げな声に加勢して、アルファも口を出す。
『いかほどの犠牲を払おうと構わぬ、我らは時期を待ち過ぎた。
もはや、誰にも不自然さを感じさせずにという訳にもいくまい。
ある程度、行動を気取られるのもやむを得ぬ。
されど、真実、そなたを信用してよいものやら。腕の方もさることながら、我には……』
その口調は、不信感にあふれていた。
『俺は、個人の恨みを晴らす手助けをするのを
まあ、先ほどの言葉は撤回しよう。
ふふ、特別大サービス、というわけだ……俺も前々から、魔界王家の支配には飽き飽きしていたからな、腕試しにはよい機会よ』
答えるデルタの声は、舌なめずりをしているような雰囲気を
アルファは
『“大サービス”に、“腕試し”じゃと……? このたわけめが、遊んでおる暇なぞ、ないのじゃぞ!
計画の発覚や失敗は、すなわち、我々のみならず、そなたの破滅でもあるのじゃ、分かっておるのか!?』
腹立ちのあまり、彼は、相手がいると思われる方向に指を突きつける。
『……まあ、俺を信用するしないは、そちらの勝手だが、ここまで深入りさせてておいて、今さら抜けろと言うのもどうかと思うぞ……?』
対するデルタの口調は、軽く肩をすくめているのが見えるような感じだった。
暗がりの中、アルファの顔は赤から青へと色を変えた。
『き、貴様っ! 密告する気じゃな!?』
『落ち着いて下され、お二方。内輪もめしている場合ではありませぬぞ』
そのとき、ガンマが、争う彼らの間に割って入った。
『わたしは、彼を信用致します。
左様でなくては事が進展致さぬゆえ、彼を引き込んだのを、よもやお忘れですか、ベ……いやいや、アルファ殿?』
『くうっ……!』
そこまで言われて、歯がみしながらも黙ったものの、少しでも怪しい素振りを見せればすぐに始末をつけてやろうと、アルファは固く心に決めた。
『たしかに、内輪もめなど、何の益にもならないな。ことに、魔界王家の者相手では』
それを察したデルタも、冷たく言ってのけた。
『もうよい。ともかく、本題に入ると致そう』
『左様、左様。空間の歪みを長時間創り出しておくのも、不審に思われる元ゆえ』
しかし、話を進めようと苦心しているガンマとベータを無視して、アルファは、いかにも悔しげな声で言い募る。
『……あの時に、成功さえしていれば……我も、こんなところでくすぶってはおらず、すでに陽の当たるところを、堂々と歩いていられたものを……!』
『笑止な。過ぎ去ったことを
どうでもよいことで言い合うよりも、早急に計画を煮詰めにかかる方が、よほど有用なのではないか?』
『何じゃと……!』
『いい加減にして頂きたいものですな、アルファ殿。デルタも挑発はよせ、話が進まぬ』
またも言い合いになりかけたところで、ガンマが冷静に二人を抑える。
それから、彼は、殺し屋に話しかけた。
『それよりも、デルタよ。かねてよりの疑問があるのだが、この際だ、答えてはもらえぬだろうか?』
『何なりと答えよう、ガンマ。あんたとは話がしやすくていい』
さすがは殺し屋、感情を抑えることに慣れているのだろう、気の短いアルファとは違い、デルタの声は低く、そして落ち着いていた。
『
されど、魔界王家の者どもの魔力は群を抜いて強力だ、いかに対抗する気なのだ?
永く人界にいたために、サマエルの魔力は多少落ちているやも知れぬが、ヤツは“魔界の参謀”の
あれを
『我も問いたい』
釣られて、ベータも疑問をぶつける。
『さらに、“予言の
これら二つの力を、いかようにして出し抜く心積りか?
……見よ、顔合わせ一つとっても、細心の注意を払い、かような状況にて行わねばならぬ。
その上で、万が一、盗聴されたとしても正体が分からぬようにと、アルファだのベータなどと、暗号名で呼び合ってもおるほどなのだぞ……』
『そうじゃ、そうじゃ』
ようやく頭が冷えたアルファも、話に割って入って来る。
『あのおぞましき力を有した“紅龍”を罠にかけて捕らえ、さらに自在に操るなど……まこと、おぬしに出来ると申すのか?
大風呂敷を広げておいて、肝心のときに出来ぬなどと抜かしおったら、ただでは済まぬぞ』
『案ずるな、取っておきの手があるのだ。すべて俺に任せて、あんたらは大船に乗った気でいるがいい』
眼には映らぬとは知りつつも、デルタは胸をたたいて見せる。
自信に満ちた彼の答えは、残る三人を色めき立たせた。
『取っておきとは!?』
『まことか! 一体何なのじゃ、それは?』
『もったいぶらずに、
鼻をつままれても分からぬ暗然たる闇の中、三つの黒い
『落ち着け、今話してやる。これなら絶対確実という方法を、俺は、ついに考えついたのだからな』
すると、おのれの言葉に反応し、陰謀家達の影法師が詰め寄ってくるのが、デルタには分かった。
『絶対確実とは、これまた』
ベータの影は、芝居がかって大げさに。
『一体いかなる手立てか、教えてもらいたいものだ』
ガンマの影は、動きまでもが平静に。
『……はったりなぞではなかろうな?』
疑いを伴う、ねちっこい声を出す影は、アルファだった。
『いいや、はったりなどではない。まず、この計画で一番肝心なのは、
『囮じゃと……?』
『そうだ。“操り”が得意と
あやつを使えば完璧だ』
常闇に溶け込んだ殺し屋は、胸を張った。
『……ふん、何じゃ、左様な程度のことならば、誰でも容易に考えつくわ。
絶対確実だなどと、下らぬ
アルファは鼻を鳴らした。
『左様、もはや、二度も失敗しておるではないか!』
『しかも、ヤツは我らにとっても危険、まったくの自殺行為だぞ!』
ベータのみならず、今度はデルタも失望を隠そうとしなかった。
『そんな
“あれ”を使えば、たとえしくじったとしても、我らが陰にいることには気づかれまいよ』
陰謀仲間にどう言われようと、殺し屋を名乗るデルタの信念は、揺るぎなかった。
『なれどのぉ……』
『左様、二度の失敗の後じゃ。
もはやヤツの、サマエルに対する影響力は、かなり落ちてしまっておるのではないのか……?』
『あやつの口から、わたし達のことも知れてしまうのでは?』
『いいや、そんなことはない!』
半信半疑の三人を前に、殺し屋は堂々と言い切る。
『ヤツをダミーとして表に出し、その間に、我らが裏で密かに計画を実行に移す。
そうすればすべて上手くゆくのだ!』
『……自信満々に述べるからには、よほどの裏付けがあるのじゃろうな』
『無論だ。これから詳しく話す。一度切りしか言わんぞ、よく聞くんだな。
まずは第一段階として……』
話が終わり、しばし、無言のときが続いた後、アルファはにたりと笑った。
『ふむう、そなたも悪よのぉ』
『うむ、うむ……!』
『うまくいくやも知れぬな』
残る二人も次々うなずき、深い深い闇の中で、