12.天界の使者再来(2)
「あれ、これ……は?」
どこか見覚えのある輝きに、少女達は不思議そうな表情で
「げ、ンなもんに当たったら、色が
ダイアデムは、さっと王子のマントに潜り込み、そのタナトスと公爵は、顔をしかめて光を浴びた。
サマエルの表情は、フードの奥に慎重に隠されて、誰にも読み取ることができない。
清らかな光はやがて消え、光の筋に導かれて、彼らの前に現れたのは……。
滝のごとく流れ落ちる、太陽の輝きを宿す金髪、澄み切った瞳はアクアマリン、清らかなローブの背中には、白鳥にも似た真っ白な翼が生えている……。
栗色の瞳が動揺し、ジルは師匠のローブにしがみついた。
「ま、また天使が来たの……!?」
「大丈夫だよ、ジル。
彼はミカエルとは違って、“まともな”天使だし、それに、たった一人だろう?
キミをさらいに来たのではないさ」
口調は落ち着いていたものの、サマエルはさりげなく周囲の気配を探っていた。
「“まともな”と言う言葉の解釈はともかく、サマエル殿の仰る通りでございます。
わたしは別件で参りましたので、どうかご安心を。
ああ、ごあいさつが遅れてしまいしたね。
初めまして、ジルさん、イナンナさん。わたくしは、
以後、お見知りおき下さいませ」
天使は、鈴を転がすような
優美な顔立ちと
すぐにジルは安心し、ぴょこりと頭を下げた。
「あ、こ、こんにちは」
「よろしく、セラフィさん」
イナンナも、しとやかに
「これはこれは、ごていねいに」
再び頭を下げた天使に、つかつかとタナトスが歩み寄る。
「待て。熾天使ごときが、俺達に何の用だ!?
大方、禁呪の“デス・クリエイト”を無断で使ったとか、文句でもほざきに来おったのだろうがな!」
天使は、魔界の第一王子にも、うやうやしく礼をした。
「お久しぶりでございますね、魔物の王子、タナトス殿。
それは誤解です。文句どころか、お礼を申し上げに参ったのですよ。
サマエル殿も、お元気そうですね」
「会えてうれしい……とは立場上言えないけれど、お前も息災で何よりだね」
第二王子は、旧友に再会したかのように微笑みを返した。
「礼だとぉ!? 何をたわけたことを!
貴様らはいつもそうやって、口先で甘い言葉を
天界の使者が
対するセラフィは、相手の
「わたしは、過去の不幸な行き違いについて、論じる立場にはありません。
セリンは力ある者。あれほど優秀でしたら、すぐに熾天使になれるでしょう……いや、大天使に推挙されることもあり得るかも知れませんね。
ところでジルさん。
エレアは下級天使でしたので、この異界では人型をとることができませんでした。
そこで、あなたの体をお借りしたのです。
併せてお礼を言わせて頂きます、天界からの感謝をお受け取り下さい」
セラフィは再び、深々と
「ううん、お礼なんていらないわ。
エレアが、とってもお兄さん思いだったから、助けてあげたいと思っただけよ」
少女が言うと、天使の眼差しはさらに温かくなった。
「左様でございますか、あなたは本当に、お優しい方でいらっしゃる」
「べ、別にそんな……」
「ふん! 貴様に礼など言われても、ありがたみはないな。
どうせ、何か下心あってのことだろう! 見え見えだぞ!」
「タナトス殿、まあ、そう仰らずに。
ああ、この花にも、お礼をしなくてはね。
──ディーアイ・グレイシア……!」
天使はかがみ込み、たった一つ残されたエレアの花に、言い聞かせるように呪文を唱え、優しく息を吹き込んだ。
途端に灰色の地面を割って、花の周囲に次々と植物が芽吹き始める。
直後、ふわりと空中に浮き上がった天使は、指を複雑な形で組み合わせて印を結び、雲を呼んだ。
その場の人々には一滴もかからない、不思議な雨が降りしきる。
雨に勢いを得た緑は、すさまじい速さで不毛の大地を覆っていき、見渡す限り白い花が咲き乱れる、見事な花畑ができていくのだった。
やがて熾天使が印を解くと、徐々に雨は小止みになり、空には壮大な虹がかかった。
「まあ……!」
「キレイ……」
「さて、これでいいでしょう。
この花のおかげで、ここは呪われた地ではなくなりました。
数日もすれば、以前よりも遥かに美しい森になりますよ」
「……ちぇっ、あんな子供だまし程度のことなら、オレにだって出来るぜ、
なぁ、タナトス」
「まったくだ」
「同感ですな」
天地創造にも似た光景に目を奪われている少女達とは対照的に、魔界の貴族達は天使の奇跡に感銘を受けた様子はなく、サマエルに至っては、ジルをかばうように寄りそいながら、まったく別のことを考えていた。
(なるほどな。それで、あれほどの罪を犯したセリンを快く迎え入れたというわけか。
優秀な人間を手に入れるためには、多少のことには目をつぶる……か。
……ふふ、今の天界は、噂に
しかし、それだけで熾天使が、わざわざ異界にまで出張って来るわけがない。
他にも、何か目的がありそうだ……気を抜かないようにしなければな)
「あれっ、なんだかすごーく元気が出て来たわ! さっきの光のお陰ね?
でも、お師匠様、シテンシ、ってなあに?」
弟子の無邪気な質問に、サマエルは我に返った。
「……ああ、キミにはまだ、天界について教えたことはなかったね。
熾天使……セラフィとは、九段階ある天使の階級のうち、最高位の天使のことだよ。
だから、治癒魔法の威力も並みではないのだ、魔界の者や人族など、足元にも及ばないくらいにね」
「お褒めに預かり恐縮です、サマエル殿。
何しろ天使は、回復魔法に関しては専門家ですからね」
天使は、屈託のない笑顔を魔界の王子に向けた。
「貴様を褒めたのではないっ、単なる事実を言ったまでだ!
用が済んだら、さっさと消えろっ!!」
「相変わらずお気が短いですね、タナトス殿。
実は、わたくしの用事というのは、一つではないのですよ」
セラフィは、タナトスの態度には慣れていると見え、いくら怒鳴りつけられても、ミカエルのように感情的に反応したりはしなかった。
「何なのだ、その用事とやらは! さっさと済ませろ!」
「はい。このお二人に会う、それが二つ目の用件でして」
天使は、ジルとイナンナに手を差し伸べた。
「えっ、あたしら……?」
「わたしたちに、ですか?」
「ええ。魔界の者、しかも最上級の夢魔と共に暮らしながら、汚れを知らない乙女達……あなた方の存在は、天界でも大層、話題になっているのですよ。
一部には、『手段を選ばず悪魔から引き離し、天界に連れて来るべきだ』と主張する者もいまして……」
「それであの時、ミカエルが来おったのか、俺達を病原菌扱いしおって!
貴様も、ヤツと同じ目的で来たのなら、今すぐぶち殺してくれる!」
タナトスは息巻き、天使に詰め寄ろうとする。
熾天使はなだめるように、
「まあまあ、落ち着いて下さい、タナトス殿。
話は最後まで聞いて頂けませんか、サマエル殿のように。
彼も、
その言葉に、皆は、一斉にサマエルに視線を向けた。
彼の態度は、常と変わらず静かなままで、セラフィも当てずっぽうで言ってみただけだった。
それでも、タナトスとダイアデムだけは、フードの奥で弟王子が、どんな表情をしているかを知っていた。
「ちっ! ならば、話だけは聞いておいてやる。早く言え!」
「ありがとうございます、では、続けさせていただきますが……むろん、先ほど申し上げたのはごく一部の意見でして、わたしも含め大部分の者は、静観した方がいいと思っております。
ですがやはりミカエル様は、どうしても、魔界の方々を信用できぬと仰りまして……。
ならば、我らが疑問に思っていることについて、納得の行く答えを得られれば、お互いのためになるのではないか……ということになりまして。
そこで、こうしてわたしが参上致したわけなのでございますよ」
「回りくどい、もったいぶった言い方だな、天界のヤツらはいつもそうだ。
それでは何が聞きたいのだか、さっぱり分からんぞ!」
「それでは、率直にお聞きしましょう。
タナトス殿、サマエル殿、お二方ほどの力をもってすれば、ジルさんの心を魔力で縛り、自分を愛していると思い込ませることも簡単でしょう、なぜそうなさらないのですか?
また、イナンナさんに関してもしてもそうです。
恋愛感情…その他、様々な打算を抜きにしても、女性の精気があなた方の
……なぜなのか、理由を聞かせ下さい」
そう言うと、セラフィは待った。
彼だけでなく、その場にいた全員が、タナトスの答えを聞こうと静まり返った。
もちろん、当のジルとイナンナも……いや、彼女達が一番、答えを聞きたかったに違いない。