~紅龍の夢~

巻の二 THE JEWEL BEARER ─貴石を帯びし者─

11.貴石を帯びし者の最期(1)

時は少しさかのぼり、タナトスが、“デス・クリエイト”を唱えるため念を集中させている間、“王の杖”の化身であるダイアデムは、楽しげにセリンを振り回していた。
「へへ~んだ、や~い、へた、くそ!」
すぐ片がつくと甘く見ていた邪悪な魔法使いの当ては外れ、繰り出す魔法は、宝石の化身にはまったく命中しない。

「ええい、ちょこまかと! このくそガキめが!」
本気になって、彼を追いかけ回していたセリンは、やがて、魔界の王子の魔力が、異常に高まっていることに気づいた。

(ふん、なるほど、そういうことか。
小僧め、生意気にも小細工などしおって……ならば!)
彼の意図を察知した魔法使いは、密かに標的を変え、呪文を唱えた。
「──深き淵にまいしいにしえ焔蛇えんだよ、出で来たりて我が怨敵おんてきを燃し尽せ!
──オビリトレイト!!」
杖から放たれた漆黒の炎の渦が、カッと口を開けた大うわばみさながらに、タナトスめがけて襲いかかってゆく。

(ち、気づかれたか、あと一息だと言うのに……!)
まさに絶体絶命、今気を抜けば、せっかく練り上げ高めた念が無駄になる。
精神集中を途中で止められず、無防備な体をさらす魔界の王子は、身を固くして衝撃に備えた。

「──ブリムストーン・ファイア!」
「……む?」
しかし、際どいところで、闇色の炎の渦は、タナトスには当たらなかった。
ダイアデムの魔法が、彼を救ったのだ。

宝石の化身の力は、緋獅子に姿を変えて黒蛇とぶつかり合い、激しく火花を散らす。
そして威力も、魔界の至宝の方が断然上だった。
「ぐわあっ!」
“貴石を帯びし者”は見事に吹き飛び、地面にたたきつけられる。

「わーい、やったぜ、ザマーミロ! 見たか、タナトス!」
ダイアデムは小躍りしたが、助けられた当人は礼を言うどころか、逆に彼を怒鳴りつけた。
「このたわけ! 攻撃するなと言っただろうが、命令を聞け!」
紅毛の少年は、可愛い顔に険悪な表情を浮かべた。
「ちぃっ! 何だよ、その言い草はよぉ! せっかく助けてやったってのに!
あいつのが弱すぎんだよ、相殺そうさいしてやろーと思ったのにさぁ!
オレに文句たれるヒマあったら、さっさとヤッちまえ、バカ!」

「ああ、言われんでもやってやる、どけ! 貴様はもうお払い箱だ!」
「──ったく、何が王子だよ、サイテーだぜ、この礼儀知らず!
だっから嫌いなんだよな、悪魔なんか!」
悪態をつく宝石の化身を無視し、タナトスは、高揚する精神のままに呪文を唱え始めた。

「──我は呼ばわる、死の創造主よ、くらき翼をの地に広げ、すべての生命を滅し、汝が皓召しろしめす世界へと変えよ。
──永遠なる魂の破滅よ、呪われし汝が光にて、希望ごとき幻とし、動くものの影一つとて無き空虚な荒野を、絶望とうらみと声無き慟哭どうこくにて永久とわに満たせ。
我が真名しんみょう、“現世の君主サタナエル”の名に於て、汝が封印を今、解く!
目覚め、く来たりて、為すべきことを為せ!
──エクス・ナイヒロウ・ニーヒルフィト──!!」

タナトスの魔力が爆発的に高まり、体から灼熱の光が生まれ出て、黒い魔法使いに襲いかかる。

「左様なもの、我には効かぬ……」
当然“貴石を帯びし者”は、これまで同様、“黯黒の眸”で吸収しようとした。
だが、それを果たすことはできなかった。

「何っ、こ、これは、どうしたというのだ……!?」
不敵な笑みは即座に消え、焦る邪悪な魔法使いを白熱した光が取り囲み、飲み込んでいく。

「なぜだ、何ゆえできぬ……!?
“黯黒の眸”に取り込めぬ魔力など、あるはずが……。
──うわああああああああ…………!!」

やがて、まばゆいい輝きは、すべてをおおい尽くした。
たとえ、魔界の貴族達が、結界で光を防いでいなかったとしても、何も見えなくなったことだろう。

魔界で最も危険な、この光の効力が消え去るまでには、数分を要した。

ようやく力の余波が完全に消滅したと見て、魔界の王子は、空中に浮かんだまま結界を解き、大きく伸びをした。
「よーし、終わったな! 久しぶりに暴れられて、気分爽快そうかいだ!」

すると、隣りにいた“焔の眸”の化身が、いたずらっぽく眼を輝かせた。
「へへっ、そりゃどうかなぁ、タナトス。
あれ見てみな」
「何だと……」

眼下には、灰色をした不毛の地が広がっていた。
森の木々はすべて石化し、自身の重みに耐えられずに倒れて粉々になり、巨岩が一つ持ちこたえた他は、起伏のない平地になってしまっている。
ダイアデムが指さす、その爆心地に、半ば石化しながらも、まだうごめいているものを見たとき、タナトスは自分の眼を疑った。

「あ──あれは、セリン……!?
そ、そんなバカな!!」
「“黯黒の眸”がある限り不死身だっての、たしかにハッタリじゃねーようだな。
あーあ、珍しくもタナトスが加減したってのによぉ!」
「珍しくは余計だ。ふむ、力を抑え過ぎたか?」
「とりあえず降りてみよーぜ。ちょっと突っつきゃ、くたばるかもしんねーし」
「……そうだな」

ボロ布のように倒れ伏す哀れな敵のすぐそばに、二人は、用心しながら降り立った。
「しっかし、しぶといヤローだなぁ! どうする、タナトス? 
こいつにゃ、オレの兄弟を使って色々やってくれた借りがあるしよ、オレがとどめ刺してやりてーんだケドな」
「駄目だ、大人しくしていろ。貴様がこれ以上首を突っ込むと、親父がうるさい。
ふん、“黯黒の眸”は無事だな。返してもらうぞ、セリン」
タナトスは、石化しかけた体の下敷きになっている杖を取り上げようとした。

「や、やらぬ……これ、は、我の、もの、だっ……!」
セリンは負けじと、必死になって杖にしがみつく。
「ちっ、こいつ! いい加減に諦めろ、離せ!」
「くっ……か、返してなど、やるものか……! 
そ、のくらい、なら、いっそ……!」

宿敵に足蹴あしげにされながら、邪悪な魔法使いは、震える手を、杖の先の黒い宝石に伸ばした。
セリンがそれをつかんだと見えた刹那、“黯黒の眸”は、大きな音を立てて砕け、漆黒の破片が辺りに飛散した。

「し、しまったっ」
「あーあ、ひでーことしやがって……。ンなヤツでも、オレの兄弟なんだぜ」
「フハハ、ざ、ざまを、みろ……!」
黒衣の魔法使いは、そう言うと力尽き、動かなくなった。

「くそう……」
「……これでオレも、天涯孤独てんがいこどくの身ってワケかぁ……」
ようやく邪悪な魔法使いを倒すことが出来たものの、その代償は大きかった。
この成りゆきには、さすがの二人も顔を見合わせ、しばし呆然ぼうぜんとしていた。
◎デス・クリエイト(death create)

ディスクリエイト(discreate)…無に帰させる、消滅させる
デスクレイト(desecrate)…神聖さを汚す、冒涜する
メイカー・オヴ・デス(maker of death)死を創り出す者etc.…色々考えましたが、最初のに落ち着きました。
エクス・ナイヒロウ・ニーヒルフィトラテン語。「無よりは何物も生ぜず」英語中辞典より。発音は自信ないです。