~紅龍の夢~

巻の二 THE JEWEL BEARER ─貴石を帯びし者─

─プロローグ/凶星─


「……分からない……。何なのだ、この奇妙な星の動きは……?
流星群の動きに紛れて、はっきりしないが……」
暗い地の底深くで、水晶球をのぞき込んでいた黒衣の魔法使いは、不意に集中を解き、大きく息を吐き出した。
「いや、もしかしたら……。よし、もう一度だ」
居住まいを正し、改めて水晶球に向かうその顔は、闇に沈み込んで見えない。
すでに月も天空の半ばを過ぎ、燃えるロウソクが時折立てる、かすかな音さえ大きく響く……そんな、耳が痛くなるほどの静寂の中で。
燭台しょくだいの周りだけがほのかに明るく、男が気を強めるごとに炎は揺らぎ、そのたび部屋の四方を覆い尽くす魔法書に映る影は、踊るように伸び縮みを繰り返す。

「やはりこれは……そうだ、彼女をつかさどる星……だが、妙に揺らぎ、かすんでゆく……。
この、奇妙な星の光のせいか? 不吉な色をしている、まさしく凶星だ……。
まさか彼女の身に、何か起こると言うことか……?」

穏やかだった声が、懸念けねんにかすれたその時、不意に灯りが消え、一瞬で地下室は暗黒に飲み込まれた。

「しまった!」
椅子を蹴って立ち上がり、魔法使いは息つく間もなく床の魔法陣に飛び込み、階上へと向かう。
一階に着くのももどかしく魔法陣から走り出すと、勢いでフードが脱げ、白銀の髪が後ろになびいた。
月明かりに照らし出された整った顔は若々しかったが、その瞳の光は、彼は本当は遥かに年老いているのだ──と教えていた。

普段の彼らしくもなく階段を駆け上がっている間も、男ははっきりと感じ取っていた。
鋭い感覚の持ち主でなければ、見逃してしまったかもしれない、わずかな、だが異様な気配を。
そして、ようやく黒衣の魔法使いはある部屋の前に立ち、ドアをたたいた。
「ジル! 大丈夫か!?」

息を弾ませ、勢いよく扉を開けた彼が見たものは、掛け布団が跳ねのけられ、空っぽになったベッドだった。

最愛の少女の姿は、どこにもなかった。

とっさに布団に手を差し入れるとまだ温もりが残っていて、男は独り闇の中で唇を噛んだ。