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TEKKEN SHORT STORIES

三島高専物語(2)

翌日。
仁はいつも通りの時間に登校した。
「お、仁、おはよ」
「おはよう」
「おはよー」
クラスメート達と挨拶を交わしていると、窓から外を見ていた暁雨が彼を振り返った。

「おはよー、仁。ねぇ、こっち来て。面白いものが見られるよー!」
「……?」
「いいから早く来て見て、面白いから!」
暁雨は激しく手招きする。
仁は鞄を机に置くと、渋々彼女に近寄った。

兵器科の教室は四階にあり、眺めがいい。
眼下に広がる中庭で、叫び声を上げ走り回っている十人ほどの生徒達。
そのターゲットになっているのは、見覚えのある茶色い髪の転入生だった。

「──待て、花郎!」
「待てと言われて待つヤツがいるかよ、バーカ!」
「逃げるとは卑怯だぞ!」
「るせーな、てめーらと遊んでやる気はねーって言ってんだろがっ!」

「ね、さっきからずっとああやって、追っかけっこしてるんだよー。
つかまりそうで、絶対つかまらないの、おかしー」
暁雨は、くすくす笑いながら言った。
「あいつ、あれほど揉め事は起こすなと……」
仁があきれたようにつぶやく。

「何もやってないよ、花郎は。ただ逃げてるだけだもんねー」
彼女は答え、それから手をメガホンのように口に当て、窓から叫んだ。
「──花郎ー! あんた、逃げ足速いんだねー!
でも、もうすぐチャイム鳴るよー!」

その声に顔を上げた花郎は、生徒達のタックルを余裕でかわしながら、元気よく手を振り回した。
「おう! 風間! おはよ! 
こいつらよー、相手しねーって言ってんのに、しつこくじゃれてきやがってよー!
今、そっち上がってくから!」
言うなり猛ダッシュして追いすがる生徒達を引き離し、花郎は兵器科の校舎に飛び込む。
直後予鈴が鳴り、残された連中は舌打ちしつつ、三々五々自分達の教室へと散っていった。

「おし、ちょうどいい準備運動だったぜ」
四階まで駆け上がって来たようなのに、教室に入って来た花郎は、けろりとした顔で息一つ乱していない。
「すごいね、花郎」
暁雨が声をかける。
花郎はきょとんとした顔をした。
「? 何がだ?」

「よく、つかまんなかったなと思って。工業科の不良達でしょ、今の。
大して強くもないくせに、やたらエバっちゃって、カツアゲとかもやってるらしーし、ダサイよねー」
「ふん、だいたい根性が足んねーぜ、あいつら。ま、国のポリ公どもよりかは、ちったあ()きがいいけどな」

「改めて言うが、揉め事は……」
「ああ、分かってるって」
言いかける仁を、花郎はさえぎった。
「俺は、お前と闘るためだけに、ここに来たんだ。約束反故(ほご)にしちまったら、楽しみがなくなっちまう」
「分かっていればいいが」
そう言ったものの、仁は、花郎の申し出を受け入れたことを後悔していた。
(やはりさっさと国に帰らせるべきだったか……。おそらく、これだけでは済まないだろう……)

彼の予感は的中した。
「ここに花郎っていうヤツがいるだろう。ちょっと呼んでくれ」
「おい、花郎、顔貸せや!」
「昨日の借りを返させてもらうぞ!」
等々、休み時間のたび、昨日花郎がノシたと(おぼ)しい、ガラの悪い連中が教室に押しかけてくる。

「ヤーだね。揉め事はご免だ」
花郎は相手にしなかったものの、中には教室に入ってきてまで彼を連れ出そうとする者もあり、どうしても騒ぎになってしまう。
そうなると、興味半分の野次馬も集まってきて、兵器科の棟は騒然とした状態になってしまった。

教師達が群がる生徒達を強制的に解散させ、騒ぎは一応収まったように見えたが、それが表面的なものだということは火を見るよりも明らかだった。

「はー、お腹空いた。すっごい騒ぎだったねー。あんた、どんだけ恨み買ってんのよ、花郎」
「人気者は辛いってね」
「なーにが人気者よぉ、あきれたもんだわ。ねー、仁」
喧騒(けんそう)を逃れ、こっそりと登って来た屋上で、三人は遅い昼食をとっていた。

「……この調子では、放課後が思いやられるな」
ため息混じりに仁は言い、暁雨はうなずく。
「ホーント、この分だと、ただの追いかけっこじゃ済まなそうね。
花郎、放課後どうする気?」

口をもぐもぐさせながら、花郎は軽く肩をすくめた。
「掃除サボってとんずらこくさ」
「逃げ切れんの?」
「ふざけんな、俺を誰だと思ってんだ、ああ?」
言い捨てて、花郎は口にバーガーの残りを放り込み、牛乳で喉に流し込んで立ち上がる。

「花郎」
その後ろ姿に、仁は声をかけた。
「……ああ?」
「お前、来週まで学校を休んだらどうだ」
「──なにっ!?」
花郎は(けわ)しい顔をして、ばっと振り向いた。
「この俺に、敵に後ろを見せろ、ってのか、風間!」

「そういうことじゃない。だがこのままだと……」
「──るせぇ、余計なお世話だ!」
「花郎、仁はあんたのこと心配して……」
「それが余計なことだって言ってんだよ! これは俺の問題だ、てめーらにゃ関係ねー!」
言い(さと)そうとする二人を振り切るように、くるりと背を向けて、花郎は勢いよく階段を下りていく。

「……しょうがないなぁ。どうするぅ、仁?」
暁雨は仁を振り返り、上目遣いに尋ねた。
「まだニ日目だ。もうちょっと様子を見るしかないな」
彼は困惑気味にフェンスに寄りかかり、そう答えるしかなかった。