TEKKEN SHORT STORIES
三島高専物語(1)
「──おう!
いたな、風間!」
教師の後について教室に入り、目ざとく風間 仁の姿を見つけた
赤に近い茶に染めた髪、教科書を入れた鞄を左肩に担ぎ、三島高専の制服を着崩している様子は、お世辞にも優等生とは言えない。
「お、お前、花郎!?」
常日頃、物に動じない風間 仁も、とっさに声を上げていた。
教室内にざわめきが走る。
「……仁?」
同じ兵器科のクラスメート、
「なんだ、お前達、知り合いか?
……まあいい、皆、静かに。転入生を紹介する……韓国から来た『花郎』、だ」
教師は彼を生徒達に引き合わせると、黒板に大きく名前を書いた。
「──つうわけで、よろしくな!」
花郎は勢いよく片手を上げた。
「空いてる席に座れ、花郎」
「……オイッス」
言われるまま、花郎は教室の後方へ向かう。風間 仁の横を通る時、彼は、終生のライバルと勝手に決めた相手の顔を一瞬見つめ、にやりとした。
「よし、では、授業を始めるぞ」
教師は黒板の名前を消し、教科書を開いた。
花郎は
じりじりするうち、チャイムが鳴って、ようやく休み時間になった。
花郎は、仁の机に駆け寄った。
「やっと会えたな、風間。さっそく
仁はあきれた顔をした。
「……何を言っている、すぐに次の授業が始まるんだぞ。
大体、お前と闘う理由などない」
そっけなく言われても、花郎はめげる様子もない。
「そっちになくても、こっちにはあるんだよ。
それに、また今度闘ろうぜって約束、忘れちまったとは言わせねぇぜ」
「ねえねえ、仁、この人、ダーレ?」
仁と知り合いらしい転入生に興味津々な様子で、暁雨は二人に近づいて行った。
「邪魔すんな、お前こそ誰だよ。俺はこいつに用があるんだ、関係ない奴はあっち行ってろ」
花郎はじろりと彼女を見、ぶっきらぼうに手を振る。
「……ひどぉい、なによぉ」
暁雨はぷうっと頬を膨らませた。
「他人に当たるな、花郎。暁雨、二人だけにしてくれないか」
「……うん」
名残惜しげに暁雨がその場を離れると、仁は声をひそめた。
「今はまずい、放課後まで待て。体育館の裏で話そう」
「ああ、体育館の裏だな。逃げんじゃねぇぞ、風間」
「逃げるわけがないだろう。
ともかく、それまでは大人しくしているんだ、いいな」
「分かったぜ。その方が邪魔も入らなさそうだしな……」
花郎も小声で答えながら、まだ膨れっ面でこちらを見ている暁雨に、ちらりと眼をやった。
やっと風間 仁に会えた。あとは闘うだけだ。
そう思うと、花郎の心はどうしようもなく浮き立ち、授業など上の空だった。
そしてついに、待ちに待った放課後がやって来た。
彼は勇んで、体育館へ向かう。
しかしそこには、風間 仁の姿どころか、人っ子一人いなかった。
(……逃げたんじゃ…ねぇよな。まさか、奴に限って……)
つぶやいた時、砂利を踏む音がして、仁が現れた。
花郎は歓喜の色を浮かべて、ライバルを迎える。
「よーし、風間、今すぐ闘ろうぜ!」
「待て。俺は話をすると言ったんだぞ」
逸り立ち、既に構えている彼を、仁は抑えた。
「話だ? そんなまだるっこしい……」
「まずは話が先だ。大体、お前、なんで日本に来たんだ?」
「なんでって、お前と闘るために決まってるだろ」
「……あきれたな。それだけのためにか」
「はん? そんだけのためじゃ、いけねーのかよ」
「あ、やってるやってる」
暁雨が二人を見つけたのは、そのときだった。
花郎は思い切り
「何だお前、また邪魔しに来たのか」
暁雨は唇を尖らせた。
「邪魔しに来たんじゃないよー。だって心配じゃない」
「心配? お前、風間の女か?」
「え、その、……」
花郎に突っ込まれ、暁雨は思わず紅くなったが、仁の答えはそっけなかった。
「ただのクラスメートだ」
「そ、それに、あたしが心配してるのは仁じゃなくて、あんたよ」
暁雨は花郎を指差す。
「……ハァ? 俺が心配、ってどういう意味だ?」
「だって仁は強いよ、本気出したら、あんたなんか、あっという間にこてんぱん……」
彼女の言葉に今度は花郎が
「──うるせぇ! こないだ韓国で、俺はこいつと時間切れで引き分けちまったんだ!
あんときポリ公さえ来なけりゃ、俺が勝ったのによ!」
「ふ~ん、それでリベンジに来たってわけぇ? 無駄なことしたわね、わざわざ負けに来るなんてー」
「こ、このアマ! 黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!」
「よせ、花郎。暁雨もだ」
「だって、仁……」
「こいつが、
花郎は暁雨に指を突きつける。
「ともかく、落ち着け。そんなに俺と闘いたいんなら、日時を決めよう」
花郎は顔を輝かせた。
「おう、さすが話が分かるな、風間。じゃあ、さっそく明日……」
仁は首を横に振った。
「明日は予定がある。それに来週はテストだから、今週はダメだ。二週間後の日曜日、三島家に来い。
道場で決着をつけよう。それまでは問題を起こすな、学校でも、その外でもだ。
守れなかったら、俺はお前とは闘わない。……それでいいか?」
「──に、二週間後ぉ!? そんなに待てっかよぉ!」
花郎は子供のようにしょげた。
「嫌なら別に……」
「だ、誰が嫌だなんて言ったんだよ! 分かった、それまで大人しくしてりゃ、闘れるんだな!」
「それまでお前が、誰とも揉め事を起こさなければな」
「おーし、任せとけ」
喜色満面で胸をたたき、意気揚々と花郎は下校していった。
その後ろ姿を見送り、暁雨は、平然としている仁の顔を心配そうに覗き込んだ。
「……ねえ仁、大丈夫? あいつ、強いの?」
「かなり強いな」
「え、ホント?」
「ああ。だが、あいつは、二週間も大人しくしていられないだろうさ」
暁雨は眼を丸くした。
「えっ、どうして?」
「さっき職員室で聞いたんだが、奴はもうすでに、他のクラスの連中と派手にやったらしい……先生達もあきれていた」
「……もう? 相当なやんちゃ坊主みたいね、大丈夫かなぁ……」
「心配するな。あいつは根っからの
ちょっかいをかけられても我慢できるようなら、ちゃんと相手してやるし、問題を起こしてしまったとしても、言い聞かせれば韓国に帰るさ」
「……そう。ならいいけど」
そう言われても暁雨の気分は晴れず、まだ茶髪の転入生のことが気にかかっていた。

