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TEKKEN SHORT STORIES

仁のいない日~ラースの一番長い日~(5)

翌日、おそるおそるラースが花屋に行ってみると、花郎はおらず、仁が店番をしていた。
まるで、ここ数日の不在など、なかったかのように。

ほっとして、ラースは声をかけた。
「おう、久しぶり。無事帰れてよかったな」
仁は、以前同様、笑みを浮かべて彼を迎えた。
「久しぶりってほどでもないだろう。
まあ、たしかに、一時はどうなることかと思ったけど」

「まあな。……ええと、花郎は? 配達、かな……?」
何気なく聞いたつもりだったが、思わず声が喉に絡んでしまう。
仁は、それに気づいた風もない。
「うん。あ、そうだ、ラースにも土産買って来たんだ。奥にあるから」
「ああ、済まんな、わざわざ」

仁についてキッチンに行き、ラースは紙袋を受け取った。
「これ、クッキー。せんべいとかよりいいと思ってさ」
「ありがとう。もらえるんなら、何でもいいよ」
屈託のない仁の態度に、ラースもようやく笑顔になる。
チャラにすると言った通り、花郎は、例の件を彼には話していないのだろう。

だが。
包装紙を破って箱を開け、ラースが土産をほおばったそのとき。
「なあ、ラース。
念のため言っとくけど、花郎は俺んだから、やらないぞ」
仁の言葉にぎょっとしたラースは、危なくクッキーを喉に詰らせそうになった。
「ぐっ、ぐふっ、な、何を……!?」

「大丈夫か? ほら、水」
仁は水を汲み、コップをラースに渡す。
「ぐふっ、す、済まん」
ラースはそれを一気飲みし、口をぬぐった。
「ふう……けど、何で、そんなこと?
何か、花郎が言ったのか? 俺のこと……」

「いや、別に、何も」
仁は、頭かぶりを振ったものの、納得はしていない様子で続けた。
「でも、やっぱり、何か変なんだ。
もう絶対独りにしないでくれって、すがるように言ったりして……俺、あんな顔する花郎、初めて見たからさ」

ラースは内心ひどく焦ったが、どうにか動揺を抑えた。
「それって、……何日か離れてて、お前のことが余計恋しくなった……ってことじゃあないのか?」

「そう……なのかな」
真正面から見つめられて、とうとう、ラースは眼を伏せてしまった。
「……俺は信用されてない、ってわけか」

仁は、小さく肩をすくめた。
「そんなことはない……けど、ラースなら、一緒にいたんだし、何か知ってるかなって……さ」
「いや、そう言われても。何も心当たりはないし……」
「……ならいいけど」

「花郎が浮気したんじゃないかって考えてるんだったら、そりゃ違う。
相手が誰でも、そんなわけない、だって、あいつ、お前以外のヤツに目もくれないだろ、な?」
吹っ切れたように、ラースがまくしたてると、仁はにっこりした。
「そうだな、俺の勘違いだ」
「……ごちそうさま」
二重の意味で言って、ラースは店を後にした。

その後一週間ほど、さすがに気まずくて、ラースも花屋には足が向かなかった。
それでも、やはりどうにも気になって、スイカを口実に花屋を訪ねると、仁は接客の最中だった。

「おう、仁。これ、もらいものだけど。冷蔵庫に入れとくぞ」
何気なさを装い、持って来たスイカを見せる。
「ああ、ありがとう、奥で待っててくれ」

そんなやりとりを交わし、まるで自宅にいるかのように、ラースがキッチンでくつろいでいると、花郎が配達から戻って来た。
「ち。また来てたのかよ、お前」
舌打ちした花郎は、彼をじろりと睨む。

「ああ、スイカをたくさんもらったんでね、おすそ分けさ」
ラースはめげずにそう答え、それから、店の方に聞こえないようにと声をひそめた。
「おい、花郎。
こないだ、仁に、『花郎は俺のだ、やらない』って言われたぞ」

花郎は肩をすくめた。
「へええ? ……俺は何も言ってないぜ」
「仁もそう言ってたが。お前の態度が、何か変だと思ってるみたいでな」
「ああ、そりゃ、わざとそう思わせたんだ」
平然と、花郎は答えた。

「何だって?」
「俺とお前を、二人きりにしたら何かまずいことが起きるらしい、って思や、今度出かける時は、絶対、俺も連れてくだろ?」
「……俺をダシにしたのか?」
ラースは、少しあきれて尋ねた。

「うるせえよ、ターコ!
好きでもねーヤローと、二回もしなきゃなんなかった、こっちの身にもなってみろ、ってんだ!」
花郎は、思い切り鼻にしわを寄せた。
「しっ、大きな声を出すなよ」
慌てて、ラースは口に指を当てる。

「ふん。たかが声ぐれーで、おたおたすんじゃねぇよ。
そんなんで、よくヤクザなんざやってられっぜ」
花郎は、偉そうに息巻いた。

「いくら極道だって、空気ぐらいは読むぞ。
……しかし、頭も舌もよく回るな、お前は。俺の部下に欲しいくらいだ」
ラースは冗談交じりに言った。
「ざッけんな、誰が、てめーの部下になんかなるかよっ!」

花郎が、声を荒あららげたその時、仁が接客を終え、奥にやって来た。
「どうした、何もめてるんだ?」
「あ、仁、何でも……」
言いつくろいかけたラースは、つい、イタズラ心を出した。
「いや、のろけ話を聞いてたのさ、花郎は、お前にぞっこんなんだって話」

「な、何、言って……!」
頬を赤らめて抗議しかけた花郎は、急に、にやりとした。
「いや、そうじゃねぇんだ、仁。
聞いてくれよ、こいつさ、お前がいないと見りゃ、俺を口説くんだぜ。
今も、俺が欲しいってしつっこくてよー、だから、ぴしゃりとやったわけさ」
「何!?」
今度は、ラースが唖然とする番だった。

「……どういうことだ? ラース」
さっと、仁の目つきがきつくなる。
「い、いや、ち、違う、誤解だ……!
お、俺は、部下に欲しい、って言っただけだよ、へ、変な意味じゃないんだ…って…!」
しどろもどろにラースは弁解する。

「へー、その割にゃ、俺の体、じろじろ見てたじゃんか、腰のあたりとか。
触りたそうにもしてたんじゃねぇかよ、こう、手ぇ出してよ」
にやにやしながら、花郎が言う。
「そ、そんなこと! 仁、誓って俺はしてないぞ、絶対!」
「……俺が留守の時も、そうだったんだな? それで、花郎は……」

「だーかーら、違うって!
あのときは、部下の尻ぬぐいで散々で、徹夜する羽目にもなったから、もう少し優秀な男が欲しいって言っただけで……」
ラースはあたふたと言い訳するものの、仁の冷たい表情は変わらなかった。

「ま、許してやれよ、仁。
俺は、お前以外のモンになる気なんざ、さらさらねぇからよ、なあ?」
花郎がとりなすように言ったところへ来客があり、その場はどうにか終わった。

その三日後、花屋の定休日。
あんなことがあったのに、めげずにラースは花屋を訪れ、裏口のドアを開けた。
「邪魔するよ」

しかし、台所はもぬけの殻だった。
二人は二階にいるのだろう。
勝手知ったる他人の家、ラースはキッチンを突っ切り、階段の下へ行った。

時刻は、午後二時を少し過ぎたところだった。
(まだ昼間だが……、一応、声をかけるべきなんだろうな)
ラースが息を吸い込んだ、そのとき。

「だから、何で俺が、ンなカッコしなきゃなんねーんだよ!」
花郎の声が、階段の上から降って来た。
「仕方ないだろう、そう決まったんだから」
今度は、なだめるような仁の声が聞こえた。
「知るかよ、バカバカしい!」

(……何をしてるんだ?)
好奇心を刺激されたラースは、足音を忍ばせて、階段を上がり始めた。
二階に着いてすぐ右手にある、花郎の部屋のドアが少し開いていて、そこから話し声は漏れていた。

ドアの立て付けが悪くて、ちゃんと閉めても、いつの間にか開いているときがあると、花郎が以前こぼしていたことを思い出す。

ラースは、部屋には近寄らずに顔をずらし、ドアの隙間からそっと中を覗いた。
文句を言われたら、たった今、上がって来て声をかけるところだったと言い訳するつもりで。

白い服を着た花郎が見えたような気がした、次の瞬間。
「誰だ!?」
その花郎がドアに突進して来て、ラースは慌てて顔を引いたが、その拍子に足が滑った。
「うわあっ!」
そして、靴下を履いていたため踏ん張りが効かずに、ラースはそのまま、階段を転げ落ちてしまった。

「おい……おい、どうしたんだ、ラース?」
揺さぶられて眼を開けると、仁が顔を覗き込んでいた。
「あ……仁、お、俺は……?」
「大丈夫か? 式の最中に倒れるなんて、よっぽど緊張してるんだな」
「は? 式……?」
「しっかりしなよ、花婿さん」
きょとんとしているラースを、仁は引っ張り起こす。

「花婿……俺が?」
「そうだよ、ホントに大丈夫か、ラース?」
「いや……何だか、頭がぼうっとして……」
頭を振った彼の眼に、その時飛び込んで来たのは、純白のウエディングドレスを身にまとった美女の姿だった。

どこかで見たような……と思った次の瞬間、ラースは、相手が誰なのかを把握して、愕然とした。
「ファ、花郎!?」
それは、花嫁姿の花郎だったのだ。

「さあ、早く。牧師さんが待ってるぞ」
仁は、唖然としているラースを、花郎の隣に押しやる。
「あ、ちょ、ちょっと……」
「静かに。ほら、前向いて」
「いや、あの……?」
わけが分からず、それでも仕方なく、ラースは前を向く。
その間、花郎は黙りこんで、彼の方を見ようともしない。

「あー、ごほん」
牧師が咳ばらいした。
「……では、よろしいですかな、式を続けますぞ。
汝、花郎は、この男、ラースを夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

すると、花郎はラースに向き直り、きっぱりと言った。
「誓いません!」

「わあっ!」
ラースは跳ね起きた。
「びっくりした……大丈夫か、ラース」
彼のそばにひざまずき、眼を丸くしていたのは、仁だった。

「ほーれみろ、死んでねぇだろ、飛び起きれるくれーなんだからよ」
その後ろから彼を見下ろしていたのは……ウエディングドレス姿の花郎だった。

「ファ、花郎!? そのカッコ……!?」
ラースは眼を見開いた。
「ジロジロ見んじゃねぇ、バカ」
花郎は、ぷいと横を向く。

「あ、これ、商店街の仮装大会があるっていうんで、婦人会の人がわざわざ作ってくれたんだよ。
花郎なら、キレイな顔してるから、女装が似合いそうだって……」
慌てたように、仁が説明した。

「ふん、どうしてもって言うから、着てみてやったんだけどよ、仮装大会なんざ、俺は出ねぇぜ、バカバカしい」
「そうだったか……っ」
肩に痛みを感じ、ラースは顔をしかめた。

多少痛むが、腕は動かせる。
血も出ていないし、あちこちすりむいただけで、大したケガはしていなかった。
さっきのは、落下のショックで気絶して見た夢……のようなもの、だったのだろう。

「頭打ってないか? 病院に行った方が」
「打ってないよ。大げさだな、すり傷と打ち身くらいで」
「でも……」
「放っとけよ、仁。
ヤクザが足滑らせて階段転げ落ちたなんざ、恥ずかしくて言えやしねぇさ」

「ホントに大丈夫だよ。
こんな程度でどうにかなるほど、俺もヤワじゃない」
ラースは言い、それから、思い切って続けた。
「それよか、仁。
頼むから、今度旅行に行くときは、必ず花郎も連れてってやってくれ。
そうでないと、俺が酷い目に遭う」

「え?」
仁はきょとんとした。
「それより、ちょっと肩貸してくれ」
「あ、ああ」
仁の肩を借り、ラースはようやく立ち上がる。

そんな二人を見る花嫁姿の花郎は、腕組みをし、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

THE END.

デビ仁がインキュバスなら、花郎は小悪魔、でしょうか(笑)。
ラースファンの方、どうもすみません。
でも、私的には、仁よりラースがいじりやすいんです(笑)。