「あー、ロティオン、もー限界だぁ! オレは脱ぐぞ!」
「待ちなさい、レグナム。そう焦らなくても、あと少しで……」
「ぜってー待てない! もぉヤだっ!
ンな暑ッ苦しいモン着たまンまなんて、もぉ我慢できねーよっ!」
目抜き通りのど真ん中、漆黒のローブを身にまとい、杖を手にした二人連れがもみ合っていた。
「
「るせーな、もぉ、とことんヤだっつってんだろ! 放せよっ!」
相棒の制止を振り切り、ついに背の低い方が、重々しいローブを思い切りよく脱ぎ捨てた。
「はー、やーっとすっきりしたぜ~!」
彼にとっては
動くたびに澄んだ音を立てる、細い首、手首、足首にはめられた、いくつもの黄金製の輪。
整った顔立ちに宝石のように輝く深紫の瞳、頬にはそばかすが散り、金色に輝く髪は後ろで無造作に結ばれ、滑らかな素肌に羽織った袖なし上着と膨らんだズボンの
踊り子か、それとも春をひさぐ
「……あれほど言い聞かせていたのに、目立ち過ぎだ……」
黒衣の魔法使い、ロティオンは、思わず額に手をやり、天を仰いで
その一瞬の隙を、待っていた者がいた。
「──おっとごめんよ」
何気なく近づき、すれ違いざま、目にも留まらぬ早業で獲物の
しかし残念ながら、相手の方が一枚上手だった。
「い、痛ててて!
──なにすんだよっ!」
気配を察したロティオンが、素早くスリの腕を捕らえ、後ろにねじ上げていたのだ。
「それはこちらのセリフだ。
……知っているかい、スリ君? 他人の懐に手を入れるだけで、立派な犯罪となるのだよ」
「うるせぇ、知ったことか、放せ!」
トウモロコシ色をしたぼさぼさの髪を振りたてて暴れるスリは、年の頃十五、六くらいだろうか、見るも無残に
「……へぇ~、これが“スリ”ってもんなんか? ロティオン。
話にゃ聞いてたけどよ、見んのは初めてだなー」
ローブを脱いだ金髪の少年、レグナムは、珍獣でも見るかのように、相棒が捕らえた犯罪者をしげしげと眺めた。
「そうだよ、レグナム。こういう
……まあこの様子では、おそらく親はいないのだろう……仕方なく、といった所かも知れないがね」
「ふ~ん、親がいねーと、こーなるんか。
でも、“スリ”ってのは、バカなんだな。悪いことしたって自覚もねーわけ」
「なにぃ!」
スリの少年は、自分より年下に見えるレグナムを睨みつけた。
「そんなことより、どうしたものかな。
捕まえてはみたものの、まだ子供だし、憲兵に突き出すのも……」
困惑気味に言うロティオンの腕の中で、スリは暴れ続ける。
「──畜生、放せ、放せよ、くそったれ!
魔法使いなんか、皆くたばっちまえ!」
獣めいて荒れ狂う薄汚れた少年を眺めながら、レグナムもまた、少女のような可愛らしい顔を歪めていた。
「──とゆーより、憲兵なんかにゃ関わりたくねー、だろ。
……ちっ、……たく、めんどくせー。ホント、どーっすかな、この暴れ仔ザル。
ただ逃がすってのも、しゃくに
「暴力はいけないよ、レグナム」
「じゃあ、どーすんだよ」
「そうだねぇ……」
思案する二人の後ろから、そのとき声がかった。
「スリが捕まったって?」
振り向くと、農家のおかみと言った感じの女が立っていた。
黒髪を後ろに束ね、この地方独特のししゅうが施されたドレスを着た小太りの女は、買い物帰りらしく、魚や肉、ワインの瓶などを詰め込んだ大きなカゴを腕にかけていた。
「ああ、やっぱりお前かい、セエレ。とうとう
言ってたろ、いつかは捕まるよって。全然聞きやしないんだから」
「ふん、大きなお世話だ、俺は俺のやりたいように生きてやる! 文句あっか、くそババア!
──べーっ!」
少年は顔をしかめ、女に向かって思い切り舌を出した。
「……これだよ」
女は諦め顔になる。
「オバハンよー、あんた、このくそナマイキなガキ、知ってんのか?」
レグナムが指差す。
女は少しためらい、それからうなずいた。
「……まあ、知ってると言うか。セエレは、あたしの遠縁の子なんだけどね」
「ふーん、しつけなってねーぞ、こいつ」
「分かってる。だから、どこへなりと突き出してくれて結構だよ、少しは反省するってもんだろ。
この子の両親はとっくに死んじまってるし、気の毒に思って世話してやろうとしたってのに、まったく手に負えなくてねぇ……」
途端に少年は、またも悪態をついた。
「気の毒とか言いながら俺を売る気か、デブ! 大人なんて結局、皆同じなんだ、死んじまえ!」
「……ほうらね、こんな調子さ」
ため息交じりに首を振る女に、今度はロティオンが尋ねた。
「何かいわくがありそうだね、おかみさん。差し支えなかったら、教えて頂きたいのだが」
「黙ってろ! 何も言うな、このブス! こいつらにゃ、関係ーねーだろ!」
声を荒げるスリを、女は横目でちらりと見た。
人の良さそうな顔に、哀れみともつかぬ微妙な表情が浮かび、少年の叫びを無視して女は話し始めた。
「この子は最近まで、王都アロンにある国立魔法学院の生徒だったんだよ」
「……ほう、あの学院に入学できたとは……。
では、将来を
感心したようなロティオンの言葉に、女も感慨深げに同意する。
「そうなんだよ、あんときは、学院の入学者が出たっていうんで、名誉だなんだって、セエレの村だけじゃなく、近隣の村まで巻き込んで、もうお祭り騒ぎでね。
盛大に祝賀会まで開かれて、遠縁のあたしらまで、わざわざ招待されたもんさ……」
「──もういい、やめろ、そんな昔のことなんか! ……痛っ!」
「静かに」
ロティオンは、大声を上げた少年の腕をねじ上げて黙らせ、女を促した。
「それが、どうしてこんな状況に?」
女はうなずき、話を再開した。
「ああ、それでね、そう……もう、一年半ほど前になるかね、何だったか……とにかく、学院内でも特別に大事にされてた“何か”を盗んだカドで、セエレは魔力を封じられ、放校されちまったんだよ。
それでヤケ起こしたんだろうねぇ、自業自得とは言えさ。
魔法使いは、今は数も少なくて、どこへ行っても引っ張りだこ。親なしっ子でも食いっぱぐれなし。
その約束されたエリートコースから、いきなり、役立たずの一文無しの宿無しに転落しちまったんだものねぇ。
今さら村に帰れるわけもなし……」
「──う、うるせぇ、ババア! てめぇに何が分かるってんだよ、何も知らないくせにっ!
俺は無実だ、はめられたんだっ!」
セエレは汚れ放題の髪を振り乱し、
黒衣の魔法使いは、はっとしたように少年を見た。
「はめられた?
……それは聞き捨てならないね、もっと詳しく聞かせて……」
言いかけた彼は、周囲のざわめきに顔を上げ、自分達が注目の的になっていることに気づいた。
いつの間にか彼らをぐるりと取り囲んで、物見高いヤジ馬達の輪ができていたのだ。
「これでは落ち着いて話もできないな、私達の宿へ行こう。
おかみさん、ちょっと彼をお借りしたいのだが、構わないだろうか?」
「……そ、そりゃいいけどもさ」
先ほど突き放したことを言った割には、少年を案じている様子の女に、ロティオンはうなずいて見せる。
「ああ、心配は無用だ、悪いようにはしないからね。
──ムーヴ!」
「おおっ!」
転移呪文の詠唱と同時に、三人の姿はふっと消え失せ、群集は一斉にどよめいた。