~紅龍の夢~

巻の六 THE BRIDE OF DEATH ─死の花嫁─

プロローグ/夢見る宝石

汎魔殿(はんまでん)……魔界の君主が住まう宮殿は、そう呼ばれる。
その最下層にある、要石の間……暗く、じっとりと湿ったその部屋に、青白く燃える結界に封じられ、“黯黒(あんこく)の眸”と呼ばれる漆黒の宝石が、永い眠りについていた。

その貴石は、単なる装飾品ではなかった。
生き物の負の感情を集めて魔力に変換するという、不思議な性質を持ち、テネブレ──“闇”を意味する名を持つ、精霊が宿っていたのだ。
そのため、かつては“焔の眸”と並ぶ魔界の至宝として、アナテ神殿に祭られて、魔界人に(あがめ)められていた。

しかし、ある時、テネブレは暴走した。
結果は悲惨なものだった。
事態は魔界と人界との大戦争へと発展し、一時は人間の絶滅が危惧されたほどだった。
戦争の元凶がテネブレだと判明したのは、千二百年前のこと。
魔界の至宝ゆえに、破壊されることは免れた。
だが、“黯黒の眸”は懲りもせず、前魔界王ベルゼブルの在位中、王家転覆の陰謀にも加担した。
そのため、厳重に封印を施され、ここで眠りにつくこととなったのだ。

それから、どれほどの時が経ったのか、日の光さえも差さぬ地下では知る(よし)もない。
今、石は夢を見ていた。
一万二千年もの昔、おのれの策略ゆえに争い、命を落とした人々、あるいは、それよりさらに遥かなる太古、白き悪魔どもの手にかかり、滅びかけた魔族(フェレス)の夢を。

眠りは時に深く、時に浅くなりもし、夢うつつに石は思い返す。
かつて、日の光を浴びて輝いていた時のことを。
悪夢を操り、憎悪と血の海で溺れさせることが楽しく、石自身もその行為に我知らず溺れて行ったのだ。

もう二度と、日の目を見ることは出来まいと、石は思っていた。
たとえ、魔族が神族に勝利し、結界を張る役目からおのれが解放されたとしても、現魔界王タナトスや、その後に続く王達が、おのれを外界へ出すことはあり得まい。
このまま汎魔殿の地下深く忘れ去られ、時の狭間で、うつらうつらと夢を見つつ、眠り続けることになるのだろう。

だが、闇の中で永遠に続くと思われた、死にも近いその眠りも、ついに破られる時が来た。
訪れる者もない、風さえ通わぬ地底に、暗黒のマントを身にまとった何者かの姿が、突如、湧き出すように現れたのだ。
その人物の発する強い波動に揺り動かされ、冷水を浴びせかけられたような衝撃を感じ、“黯黒の眸”は目覚めた。