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TEKKEN SHORT STORIES

笑う月

「くそー、面白くねぇ」
愛用の単車をコロがしながら、花郎(ファラン)はつぶやいていた。

退屈な軍隊生活をやっとのことで正式に終え、長い間行方不明だった師匠との再会を果たし、“The King of Iron Fist Tournament5”にてようやく念願の風間 仁とも対決し、遂に勝利を収め、本来なら意気揚々と凱旋(がいせん)帰国をして来ても、おかしくない状況だったのだが。

せっかく「鉄拳5」で相まみえ、決着がつくと言うとき、当の風間 仁の視線は常にどこか別のものを追っているようで、彼と闘っている最中もずっと、心ここにあらずと言った風だったのだ。

「──くそ、くそ、くそ!」
心の中に満たされないものを抱えたまま、苛立ちを吹っ切るように、彼は愛車のスピードを上げる。

──と、その時。
ヘッドライトの向こうに、あり得ないものを花郎は見た。
それは、翼を持った人間のようであり、一瞬、彼は自分の眼を疑った。
だがそれは眼の錯覚などではなかった。
彼を認めた途端、黒い人影から、眼も(くら)む光線が放たれたのだ。

「──うわ!?」
花郎は反射的にハンドルを切ったものの、バイクは光線の直撃を受けてしまい、爆発、炎上する。

「……う……?」
大破したバイクの破片を避けながら、抜群の運動神経でケガもなく立ち上がった彼は、眼を見張った。
煌々(こうこう)と紅く輝く満月に照らし出されて、道路の中央にすっくと立っていたのは、鋭角的に湾曲した角を威嚇(いかく)するかように前方に突き出し、背後に漆黒の翼を広げ、胸には摩訶(まか)不思議な紋様を浮かび上がらせた、一人の男。

「……風間……?」
しかしその、伝説の悪魔にも似た姿をした男の顔は、風間 仁のそれだったのだ。
花郎の脳裏に、とある情景が鮮やかに(よみがえ)る。

風間 仁と最後まで闘うこともかなわずに、“The King of Ironfist Tournament3”が終了した後のこと。
どういうわけか自分が優勝したことになり、釈然(しゃくぜん)としない思いを胸に、波止場でぼんやりと平八の金の像を眺めながら、帰国の途に着こうと船の出港を待っていた……あの時、彼は見たのだ。

波の砕ける音だけが聞こえる、静まり返った夜の港に突如響く、銃撃の音。
(──何だ!?)
はっとした花郎が振り向くと、一人の男を、戦闘服姿の集団が襲っていた。
(……あ、ありゃあ、風間じゃねぇか。
──よし!)

理由はわからなかったものの、追われている男がライバル風間 仁であることを見て取った彼は、とっさに、手の中にあった平八の像を、仁がいるのとは反対方向に放り投げる。
戦闘服姿の連中……おそらくは鉄拳衆だろう……が、それに気をとられた瞬間、風間 仁の体は宙に舞った。その背中にあるのは、大きく(つや)やかな、黒鳥の翼。
あっけにとられる花郎の目前で、仁はそれを力強く羽ばたかせて窓ガラスを突き破り、そのまま闇の彼方へと姿を消した。

……あれはやはり、自分の勘違いや幻覚などではなく、現実だったのだな……と、改めて花郎は思う。

(──まあ何でもいい、やっと本気で俺と()る気になったんだな、風間!)
ほんの短い間にすべてを理解した花郎は、にっと笑い、それから、今までの無気力さがまるで嘘のように、デビル化した風間 仁めがけて突進していった。
その眼は、少年のように輝いていた。

悪魔と人、その闘いを、上空の紅い一つ眼が見下ろし、冷たく笑う。

闘いの結末は、誰も知らない。