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TEKKEN SHORT STORIES

闇への飛翔

「母さんに……風間準に感謝しろ」
そう言うと、風間仁は中空に飛び上がった、背中の漆黒の翼で。
三島家の壮大な屋敷の天井を突き破って、その姿は闇に吸い込まれる。
冴え冴えと白く輝く月がもたらす狂気が、彼の心を悪魔の饗宴きょうえんへと
いざな
い、堕天使はそのまま、月に向かって力強く飛翔ひしょうを開始する。
生きとし生けるもの、すべての生命を踏みしだき、握りつぶし、蹂躙じゅうりんする、その禍々まがまがしい喜びに全身を浸すために。
彼にはもはや、人としての意識はなく、あるのはただ、破壊の衝動。
それに突き動かされ、彼は眼下の山林へ挑みかかる。
死と破滅、今や彼の中では、それのみが真実。

おのれの中の”デビル”の血を、理性あるときにはひどくうとましく、まわしいものと感じ、仁は抑えつけていた。
だが、抑えれば抑えるほど、その呪わしい力は心の奥で密かに力をつけていき、虎視眈々こしたんたんと、表に現れる機会を狙っていたのだ。

そして今、彼は一匹の野獣と化し、血と破滅を求めて闇に咆哮ほうこうする。
樹木が一斉に火を噴き、生命をめ尽くす焔の、その赤が、紅が、狂ったように哄笑こうしょうする悪魔のの顔に照り映え、仁はひたすら破壊の喜びに全身をゆだね、みずからの手でしかばねを作り出すことに酔いしれ、心行くまで殺戮さつりくを楽しみ始める。
逃げ遅れた小動物が生きながら焼かれていく、か細い悲鳴や脂の焦げる臭いをも、容赦なく、デビルの力は呑み尽くしていくのだった。

どれほどの時が経ったのだろう。
それでも悪魔の支配はまだ弱く、三島家周辺の山々を破壊することでデビルの破壊衝動は満足したのか、仁は不意に、おのれを取り戻した。
眼前に広がる悪魔の所業しょぎょうに、愕然がくぜんとする仁。
「……これは一体……? まさか……まさか、俺がやったのか!?」
いまだくすぶり続ける木々、むごたらしく中腹がえぐられた山。崩れた土砂でせき止められ、流れを変えた川。
一歩間違えれば、下流の町や村にも被害が及んだかもしれない、無残な自然破壊の爪痕つめあと
これらは到底、人間わざとは思われなかった。

「……これは俺だ……こんなことが出来るのは、俺……俺の中の”デビル”……悪魔め……!!」
仁はその場にがくりと膝をつき、拳を地面にたたきつけた。
周囲は焦げ臭く、息苦しく、地面もまた、まだ熱いままでいた。

その彼に寄り添い、護るように白き翼を広げる天使。
母の存在を、仁はもはや感じ取ることはできない。
「母さん…すまない。俺は…俺はやはり、三島平八を…三島一八を…っ…!」
まぶたの奥から突き上げる、熱い何か。
彼はそれに名をつけることができずに、再び堕天使となり、闇に向かって漆黒の翼を広げた。

(もう、俺は…後戻りはできない……! たとえこの身は、地獄の業火ごうかに焼き尽くされようとも……!)
風間仁はこのとき、人であることをやめたのだった。